司法書士・土地家屋調査士事務所クロニクル
法人向け

銀行員のための企業価値担保権——審査・契約・モニタリングの実務ポイント

2026年5月12日by 代表 髙岡宏

銀行員のための企業価値担保権——審査・契約・モニタリングの実務ポイント

2026年5月25日施行の企業価値担保権を、銀行融資担当者が現場で扱うための実務ポイントを整理。事業価値評価の論点、信託会社との連携、契約条項、デフォルト時オペレーションまで、審査・実行・モニタリング3フェーズで解説します。

特別企画EVシリーズ第2弾は、地銀・信金・メガバンクの法人融資担当者と審査部の方々を対象に、企業価値担保権を現場でどう扱うかを実務ベースで整理します。前日の第1弾(EV1)で制度の基本構造を確認しましたが、本稿では「行内で何を準備すべきか」という視点に絞ります。

わたしたちクロニクルは司法書士・土地家屋調査士として、法人取引の登記・契約実務に長く関わってきました。新制度は商業登記・信託・契約・引当が一体で動く大型改正であり、銀行内のオペレーションも従来の不動産担保とは別物として組み直す必要があります。

銀行融資の何が変わるか

これまで銀行の法人融資は、実質的に二本柱で支えられてきました。土地建物などの不動産担保と、経営者個人の連帯保証です。しかし2014年の経営者保証ガイドライン以降、金融庁は「経営者保証に依存しない融資慣行」への移行を一貫して求めてきました。企業価値担保権は、その流れの最終ピースとして位置づけられる制度です(根拠:事業性融資の推進等に関する法律=令和6年法律第52号、令和8年5月25日施行)。

担保の対象は、特定の不動産や売掛債権ではなく、会社の総財産です。無形資産・のれん・将来キャッシュフロー、さらには会社が将来取得する財産まで一体として把握します。経営者個人保証は原則として徴求できない構造であり、融資判断の重心が「物」と「人」から、事業そのものへ移ることを意味します。

審査・契約・モニタリングの3フェーズで、何を見直すべきか順に整理します。

フェーズ1:審査の論点

事業価値評価のアプローチ

企業価値担保権の担保価値は、不動産時価のように一義的には決まりません。実務上は次の3手法を組み合わせて評価することになります。

評価手法特徴留意点
DCF法将来CFを割引現在価値で評価割引率の設定、CF予測の保守性
類似企業比較(マルチプル)類似上場企業のEV/EBITDA等で評価比較対象の妥当性、流動性ディスカウント
将来CF予測(事業計画ベース)経営計画から直接CFを推計計画の蓋然性、感度分析

金融庁は2025年7月に「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方」を公表しており、各金融機関が自行の評価方針を策定する際の参考資料として活用が想定されています。詳細な引当区分の運用指針は、施行後の事例蓄積を踏まえて追加される見込みです。

経営者保証ガイドラインとの整合

企業価値担保権を設定する場合、経営者個人保証は原則として徴求できません。これは制度の基本設計であり、稟議書のフォーマットや行内規程の見直しが必須です。例外的に経営者から保証類似の責任を負わせる場合の取扱いは、政省令および施行後の監督指針で詳細化される見込みです。

担保余力の捉え方

不動産担保の「掛目」発想とは別物として運用する必要があります。事業価値はキャッシュフローの変動に連動するため、評価額は固定的ではなく、モニタリング期間を通じて変動するものとして稟議に組み込みます。

審査チェックリスト(試案)

  • 事業価値評価書(外部FAまたは行内評価)の有無と評価手法の妥当性
  • 経営者保証ガイドライン整合チェック(個人保証なし/例外該当性)
  • 信託会社の選定および信託報酬の借入人負担スキーム
  • 中核事業・重要財産の特定リストとコベナンツへの落とし込み
  • 既存担保(不動産・動産・債権譲渡担保)との優先関係整理
  • 引当区分の暫定判定(金融庁2025年7月公表文書を参照)

フェーズ2:契約・設定の実務

企業価値担保権信託会社の選定

担保権者は借り手企業ではなく、内閣総理大臣の免許を受けた企業価値担保権信託会社(受託者)です。銀行(受益者)は信託会社経由で担保を保有する建付けになります。免許制であるため、施行直後は対応可能な信託会社が限定的になる見込みで、ラインナップと信託報酬水準は当面流動的です。

商業登記による効力発生

企業価値担保権は、債務者である会社の本店所在地における商業登記簿への登記によって効力が発生します。不動産担保のような対抗要件ではなく効力発生要件である点に注意が必要です。複数の担保権者が存在する場合、優先順位は登記の先後で決まります。

実行スピードが論点となるため、契約締結から登記完了までのリードタイムを稟議段階で見込む必要があります。外部の司法書士事務所と連携し、法人謄本・印鑑証明・信託契約書の整備フローを事前に確立しておくことが望ましいです。

コベナンツ条項の設計

信託契約・融資契約に組み込むコベナンツは、従来のシンジケートローンよりも踏み込んだ設計が必要です。代表例を挙げます。

  • 月次・四半期の財務情報開示義務(試算表、資金繰り表、KPI報告)
  • 現預金維持コベナンツ(最低残高、運転資金カバレッジ)
  • 追加借入制限(同順位・先順位担保の設定制限)
  • 重要財産処分・中核事業譲渡時の事前同意要件
  • 役員人事・株主構成変更の通知義務

特に重要財産処分と中核事業譲渡は、企業価値担保権の担保価値そのものを毀損し得る行為であり、信託会社(および受益者である金融機関)の同意要件として明文化することが想定されます。同意要件の具体的閾値は、政省令および契約実務で固まっていく領域です。

フェーズ3:モニタリング

月次モニタリングのKPI例

事業価値が担保なので、モニタリングは「不動産時価のチェック」ではなく「事業の健全性のチェック」になります。業種により異なりますが、以下が標準的な観測項目です。

  • 売上総利益率・営業利益率の推移
  • 営業キャッシュフローおよびフリーキャッシュフロー
  • 主要顧客集中度・解約率(SaaS型なら月次解約率)
  • 運転資金回転日数・在庫回転日数
  • 主要KPI(製造業なら稼働率、小売なら既存店売上、IT系ならMRR)

早期警戒指標(EWS)の運用

事業価値の劣化は、業績悪化に先行して兆候が出ます。主要顧客の離脱、キーパーソンの退職、SNS上の評判悪化など、定性情報も含めて捕捉する仕組みを整える必要があります。EWS抵触時のエスカレーションフローを行内規程に明記しておくことが求められます。

取引銀行間の情報共有

複数行取引が前提となる事業者では、銀行間の情報共有が重要になります。事業者本人の同意を前提に、財務情報・コベナンツ抵触情報をシェアする運用が想定されます。情報共有の範囲・様式は、全国銀行協会「企業価値担保権の活用に向けたポイント」を参考に、各行が個別契約で定めることになります。

デフォルト発生時のオペレーション

ここが、不動産担保実行と最も大きく異なる部分です。

企業価値担保権が実行されると、裁判所が管財人を選任します。管財人は会社の事業を解体せず、事業継続価値を維持したまま、第三者へ譲渡する形で換価を進めます。事業譲渡の相手方は、スポンサー型M&Aの買い手や、第二会社方式の受け皿会社が想定されます。

不動産担保の競売・任意売却が「物の売却で回収する」発想であるのに対し、企業価値担保権の実行は「事業の譲渡で回収する」発想です。実行時のオペレーションは民事再生に近い感覚で、銀行の現場では弁護士・FA・スポンサー候補との連携が不可欠です。

ただし、譲渡先となるスポンサーが現れない場合は清算型に移行する可能性もあり、回収シナリオは複数想定しておく必要があります。第一号案件の管財人実務や換価事例は、施行後に蓄積されてから本記事を追記する予定です。

銀行内整備が必要なこと

施行までに、最低限以下の整備が必要です。

  • 行内規程・稟議フォーマット改定: 企業価値担保権の稟議シート、評価書テンプレート、コベナンツ標準条項の整備
  • 審査担当者の研修: 事業価値評価の基礎、信託の仕組み、商業登記実務、デフォルト時オペレーション
  • パートナー網構築: 司法書士、FA、信託会社、弁護士との連携体制
  • モニタリング体制: 月次データ取得フロー、EWS設定、エスカレーション基準
  • 引当方針の策定: 金融庁2025年7月公表文書に基づく自行ルールの整備

特に地域金融機関では、外部FA・信託会社との連携が現実解になる場面が多いと見込まれます。早期にパートナー候補とのリレーションを築いておくことが、第一号案件をスムーズに実行する鍵です。

まとめ:次のステップとして着手いただきたい3つ

最後に、本稿を読み終えたあと最初に着手いただきたいアクションを3つに絞ります。

  1. 行内勉強会の開催: 金融庁公式ページ、2025年7月公表の評価・引当に関する基本的な考え方、全国銀行協会の活用ポイントを教材に、審査部と営業部の合同勉強会を企画する
  2. 稟議フォーマット改定の論点出し: 既存の不動産担保稟議フォーマットとの差分を洗い出し、評価書様式・コベナンツ標準条項のドラフトに着手する
  3. 外部パートナー候補のリストアップ: 司法書士、FA、信託会社、弁護士の候補を行内でリストアップし、施行前にヒアリングを実施する

シリーズ告知——明日以降も続きます

本記事は特別企画EVシリーズの第2弾です。明日以降もターゲット別にお届けします。

  • 5/13(水): 経営者向け——自社で活用できるかの判断基準(EV3)
  • 5/14(木): 司法書士・士業向け——商業登記実務と信託契約のポイント(EV4)
  • 5/15(金): 今後予想——2027年以降のシナリオと地域金融への波及(EV5)

わたしたちクロニクルは、福岡を拠点に司法書士と土地家屋調査士のダブルライセンスで、企業価値担保権の設定登記・契約サポートに対応してまいります。地域金融機関の皆さまからのご相談もお待ちしております。

参考法令・出典

  • 事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号、令和8年5月25日施行)
    e-Gov: https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000052/
  • 金融庁「企業価値担保権について」(監督局総務課事業性融資推進室)
    https://www.fsa.go.jp/policy/kigyoukachi-tanpo/index.html
  • 金融庁「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方」(2025年7月公表)
  • 金融庁「事業性融資の推進等に関する法律施行令(案)」等パブリックコメント結果(2025年7月2日公表)
    https://www.fsa.go.jp/news/r7/sonota/20250702/20250702.html
  • 経営者保証に関するガイドライン(全国銀行協会・日本商工会議所、2014年運用開始)
  • 全国銀行協会「企業価値担保権の活用に向けたポイント」

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