中小企業の社長へ——企業価値担保権で資金調達はどう変わるか
2026年5月13日by 代表 髙岡宏

「土地を持っていないから融資が伸びない」「個人保証を外したい」と悩む中小企業経営者へ。2026年5月25日施行の企業価値担保権で、自社の資金調達はどう変わるのか。活用に向く企業・向かない企業、押さえるべき準備、銀行との交渉ポイントを、福岡の司法書士・土地家屋調査士事務所の視点で解説します。
「うちは賃貸オフィスだから、銀行にお見せできる担保が何もない」
「個人保証さえ外せれば、もう少し攻めた借入もできるのに」
福岡で司法書士・土地家屋調査士の業務をしているわたしたちクロニクルにも、中小企業の社長から、こうしたお声がよく届きます。日本の中小企業金融は長らく、不動産担保と経営者個人の連帯保証を二本柱にしてきました。事業の中身ではなく、その周辺にある「土地」と「社長個人の人生」が融資の決め手になってきた、ということです。
この前提に、ひとつ大きな選択肢が加わります。2026年5月25日、「事業性融資の推進等に関する法律」(令和6年法律第52号)が施行され、新しい担保制度——企業価値担保権——が動き出します(法案検討段階では「事業成長担保権」と通称されていましたが、法律上の正式名称は「企業価値担保権」です)。
本記事は、この制度を「自社で使えるかどうか」という経営者目線で読み解きます。
企業価値担保権を1分で
経営判断の材料として押さえていただきたいのは、次の3点です。
- 担保の対象:個別の不動産や売掛金ではなく、会社の総財産(顧客基盤・ブランド・人材・将来キャッシュフロー等の無形資産を含む一体)
- 個人保証:経営者個人の保証は原則として徴求されない構造(経営者の人生を担保にしないことが制度の柱)
- 利用主体:会社法上の株式会社・合名会社・合資会社・合同会社のみ。個人事業主・医療法人・NPO法人等は対象外
「事業をまるごと担保にできるが、社長個人の人生は担保にしない」——この一文が、社長にとっての一番の意味です。
自社は活用に向くか——6つのチェック
制度ができたからといって、すべての会社にとって最良の選択肢になるわけではありません。経営者として最初に考えていただきたい6つの観点を挙げます。
| # | チェック項目 | 向いている状態 |
|---|---|---|
| 1 | キャッシュフローの安定性 | 営業CFが継続的にプラスで、季節変動も把握できている |
| 2 | 無形資産の強み | 顧客基盤・ブランド・技術・人材など、決算書に出ない強みがある |
| 3 | 月次決算の精度 | 翌月10日前後には月次試算表が固まる体制 |
| 4 | 銀行への情報開示姿勢 | 数字の見せ方を含め、銀行との対話に前向き |
| 5 | 中期事業計画の言語化 | 3〜5年の方向性を文章と数字で説明できる |
| 6 | コンプライアンス体制 | 株主総会・取締役会の適切な開催と議事録整備、税務申告・法定書類の適正運用 |
特に6番目のコンプライアンスは見落とされがちですが、企業価値担保権は会社の総財産を担保にする制度であるため、会社法上の機関運営が適切に行われているかが信託会社・金融機関の確認対象になります。株主総会議事録の不備、取締役の重任登記漏れ、定款と現状のズレなどは、設定段階で必ず洗い出されると考えておくべきです。
6つのうち4つ以上で「YES」と答えられる会社は、企業価値担保権の検討余地が大きいといえます。逆に、月次決算が回っておらず、機関運営も形骸化している会社では、まず経営の見える化とコンプライアンスの足固めが先決です。
経営者として準備すべきこと
施行は2026年5月25日ですが、実際に第一号案件が地域金融機関や中堅企業まで広がるのは、おそらく2027年以降です。残された1〜2年は、社長としての「準備期間」にあてるべきだとわたしたちは考えています。
① 月次試算表の精度向上
企業価値担保権の融資判断は、決算書1冊ではなく継続的なモニタリングが前提となります。月次決算の遅れは、それ自体が交渉力を下げる要因になります。
② 中期計画(3〜5年)の言語化
「将来の事業価値」を担保にする以上、社長が描く未来像を文章と数字の両方で説明できる必要があります。事業承継・新規事業・採用計画まで含めて、A4で5〜10枚程度のストーリーがあると交渉の出発点になります。
③ 取引銀行との対話強化
第一号案件は、メガバンクと一部の地域金融機関で出てくる可能性が高い領域です。今のうちから、メインバンクの担当者・支店長と、自社の事業の中身について語り合える関係をつくっておくと、新制度の話も切り出しやすくなります。
④ 顧問税理士・司法書士との連携体制
担保権の設定は商業登記簿への登記が効力発生要件であり、登記手続きには司法書士が関与します。税理士の月次関与・司法書士の登記サポート・場合によっては弁護士の契約レビューを、最初から「チーム」として動かす設計が望ましいといえます。
銀行との交渉ポイント
実際にメインバンクの担当者と話すとき、押さえておきたい論点を3つに絞ります。
「企業価値担保権で検討してほしい」の切り出し方
最初から制度名で押すのではなく、「個人保証を外したい」「無形資産を評価してほしい」という経営課題を先に伝え、その解決策の一つとして本制度を持ち出すのが自然です。担当者側もまだ手探りであることが多いため、一緒に学ぶ姿勢が交渉を前に進めます。
提示すべき資料セット
- 直近3期の決算書・税務申告書一式
- 月次試算表(直近12カ月)
- 中期事業計画(3〜5年)
- 主要顧客・取引先構成、解約率(KPI)
- 組織図・キーパーソン一覧
無形資産企業の場合、KPI(顧客数・継続率・LTV等)が決算書よりも雄弁です。
不利になる契約条項に注意
企業価値担保権の融資契約では、コベナンツ(財務制限条項)や重要財産処分制限など、平時の経営に一定の規律が課されます。「重要な財産」「中核事業」の定義は、後の経営判断を縛る根本条項です。契約締結前に必ず司法書士・弁護士のレビューを受けることを強くお勧めします。
活用が早そうな業種・遅そうな業種
あくまで現時点の見通しですが、業種によって相性は明確に分かれそうです。
| 早そうな業種 | 遅そうな業種 |
|---|---|
| SaaS・ITサービス | 不動産業(既存の不動産担保で足りる) |
| サブスク型サービス業 | 装置産業・大型設備型製造業 |
| 成長期スタートアップ | 個人事業主(そもそも対象外) |
| BtoBの専門サービス | 医療法人・NPO法人(対象外) |
ただし、装置産業や不動産業でも、第二創業・新規事業・M&A資金の局面では活用余地があり得ます。「自社の業種だから関係ない」と早合点せず、資金使途ごとに考えるのが実務的です。
経営者保証ガイドラインとの違い
「経営者保証ガイドラインで個人保証は外せるのでは?」というご質問もよくいただきます。両者は性格が異なります。
- 経営者保証ガイドライン(2014年運用開始):既存の融資慣行のなかで「個人保証を外す努力」を金融機関に求める自主ルール
- 企業価値担保権:そもそも個人保証を取らないことを前提に設計された担保制度(経営者個人保証は原則として徴求されない構造)
ガイドラインが「努力規定」だとすれば、企業価値担保権は「仕組みそのものの転換」です。両者は併存し、当面は多くの中小企業がガイドライン活用を継続することになります。
注意点・リスク
良いことばかりではありません。経営者として理解しておくべきリスクは3つあります。
- モニタリング負担:月次の数値報告・KPI共有・コベナンツ遵守の確認など、平時の事務負担は確実に増える
- デフォルト時の事業譲渡リスク:実行されると裁判所が選任する管財人が事業をまるごと第三者へ譲渡する可能性がある——会社の事業は継続される一方、社長は経営から離れる局面があり得る
- 制度初期は事例が少ない:交渉力・条件は金融機関側が主導しやすい。焦って第一号にならない判断もあり得る
まとめ:今日からできる3ステップ
最後に、社長として明日から動けるアクションを3つだけ挙げます。
- 月次決算を翌月10日までに固める体制をつくる
- 3〜5年の中期計画をA4で5〜10枚にまとめる
- メインバンクの担当者と「自社の無形資産」について話す機会を年内に1回つくる
企業価値担保権は、準備のできた会社にだけ届く制度です。施行はゴールではなくスタートライン。残された時間で、自社の見える化と銀行との対話を一段引き上げておきましょう。
シリーズ告知
本記事は特別企画EVシリーズの第3弾(経営者向け)です。
- EV1(5/11 月): 企業価値担保権とは何か——10分でわかる新制度
- EV2(5/12 火): 銀行員・金融機関担当者向け——融資実務はどう変わるか
- EV3(5/13 水): 経営者向け——自社で活用できるかの判断基準(本記事)
- EV4(5/14 木): 司法書士・士業向け——商業登記実務と信託契約のポイント
- EV5(5/15 金): 今後予想——2027年以降のシナリオと地域金融への波及
わたしたちクロニクルは、福岡を拠点に司法書士と土地家屋調査士のダブルライセンスで、不動産・事業承継・信託・商業登記を一体でご相談いただける体制を整えています。企業価値担保権の活用を社内で検討される際は、月次決算・中期計画・登記体制の整備からご一緒できます。お気軽にお問い合わせください。
参考法令・出典
- 事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号、令和6年6月14日公布、令和8年5月25日施行)
e-Gov: https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000052/ - 金融庁「企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について」(監督局総務課事業性融資推進室)
https://www.fsa.go.jp/policy/kigyoukachi-tanpo/index.html - 金融庁「事業性融資の推進等に関する法律施行令(案)」等パブリックコメント結果(2025年7月2日公表)
https://www.fsa.go.jp/news/r7/sonota/20250702/20250702.html - 経営者保証に関するガイドライン(全国銀行協会・日本商工会議所、2014年運用開始)
- 中小企業庁「事業承継・資金調達支援」関連資料
https://www.chusho.meti.go.jp/
※ 本記事は2026年5月時点で公表されている情報に基づく一般的な制度解説であり、具体的な金利・融資限度額・審査基準等は記載していません。個別案件のご判断にあたっては、取引金融機関および専門家にご相談ください。
