司法書士・土地家屋調査士事務所クロニクル
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企業価値担保権、5年後の中小企業金融はどう変わるか——今後の予想

2026年5月15日by 代表 髙岡宏

企業価値担保権、5年後の中小企業金融はどう変わるか——今後の予想

2026年5月25日施行の企業価値担保権は、中小企業金融の景色をどう変えるのか。シリーズ最終回は、普及スピード・銀行ビジネス・士業の役割・政策連動という4視点で5年後を見通します。福岡市場・九州地銀への波及も含めた業界論考です。

シリーズを締めくくるにあたって

5月11日から続けてきた特別企画EVシリーズも、本日で最終回となります。

第1回では「企業価値担保権とは何か」を制度の基本から整理し、第2回では銀行員・金融機関担当者向けに融資実務の変化を、第3回では経営者の立場から自社活用の判断基準を、第4回では司法書士・士業の視点で商業登記実務と信託契約のポイントを取り上げてきました。4回を通じて見えてきたのは、企業価値担保権が単なる新しい担保制度ではなく、中小企業金融の前提を組み替えるインフラ的な制度だということです。

ただし、インフラの浸透には時間がかかります。最終回となる本記事では、断定を避けつつ、「現時点で見える範囲では、おおむねこういう方向に進むのではないか」 という形で、5年後の地図を描いてみたいと思います。わたしたちクロニクルは福岡を拠点とする司法書士・土地家屋調査士事務所として、登記と信託の現場から制度を見続けてきましたが、本記事は法的アドバイスではなく、あくまで業界論考としてお読みいただければと思います。

視点1:普及スピードの予想——3つのフェーズ

フェーズ1(〜2027年):実証・先進事例の段階

施行直後は、メガバンクや一部の有力地銀が、大手スタートアップ・中堅成長企業との組み合わせで第一号案件を組成すると思われます。信託会社の免許取得状況、行内規程の整備、引当ルールの試行錯誤などが重なるため、件数は限定的にとどまる可能性が高いと考えられます。

フェーズ2(2027年〜2029年):地銀・第二地銀への拡大

先行事例の蓄積が進むにつれ、地域金融機関にも案件が広がってくると予想されます。特に事業承継案件・スポンサーM&A・第二会社方式との組み合わせで、企業価値担保権が選択肢として検討される場面が増えるのではないでしょうか。

フェーズ3(2030年〜):中小企業の選択肢として定着

5年後の2031年頃には、「不動産担保/個人保証/企業価値担保権」が並列の選択肢として経営者の語彙に入り、税理士・公認会計士の関与を伴う日常的な検討対象になっている——そんな景色が見えてくる可能性があります。もっとも、これらはあくまで現時点の見立てであり、実際の普及速度は第一号案件の評価や、デフォルト時の処理の透明性に大きく左右されると思われます。

視点2:銀行ビジネスへの影響

第2回でも触れた通り、企業価値担保権は銀行融資の発想を**「物(不動産)」から「事業」へ**シフトさせる起点になり得ます。

その結果として、「審査の人材」そのものが変わっていく可能性があります。これまで担保評価の中心にいた不動産鑑定的な発想ではなく、事業計画・キャッシュフロー予測・業界構造の理解ができる人材が、審査部・融資企画部の主役になっていくのではないかと思われます。同時に、メインバンク機能の再定義も避けられないテーマです。事業価値を継続的にモニタリングし、有事には事業譲渡型の換価まで視野に入れる以上、銀行はこれまで以上に事業伴走型のパートナーとしての役割を求められる可能性があります。

視点3:士業の役割変化

企業価値担保権は、士業の協働なしに成立しない制度です。それぞれの役割は次のように整理できます。

士業主な役割想定される変化
司法書士商業登記・信託契約・実行時手続商業登記+信託+契約書実務の三位一体化
弁護士契約交渉・紛争解決・実行時の法的対応信託契約の交渉実務がメインステージへ
公認会計士・税理士事業価値評価・モニタリング・引当検証担保評価関与の常態化
FA・コンサル第二会社方式・スポンサーM&A・再生実務担保実行時の出口設計が新領域に

司法書士の立場からみると、これまで不動産登記を主戦場にしてきた事務所と、商業登記・信託を扱える事務所の間で、対応領域に差が出てくる可能性があります。わたしたちクロニクルは司法書士と土地家屋調査士のダブルライセンスで、商業登記・信託・不動産を横断して相談を受けられる体制を築いてきました。今後はこの横断性が、企業価値担保権関連の相談でより重要になってくると考えています。

視点4:政策との連動

企業価値担保権は単独で動く制度ではなく、いくつかの政策パッケージと連動しています。

  • スタートアップ育成5か年計画——無形資産型企業の資金調達円滑化という政策目標と、企業価値担保権の立法目的は重なります
  • 経営者保証ガイドラインの実質的強化——本制度では個人保証は原則として徴求されない構造とされており、経営者保証ガイドラインの流れの「最終ピース」としての性格を持ちます
  • 地域金融機関の機能強化——金融庁の地域銀行改革の方向性とも整合的で、地銀がどこまで踏み込めるかが地域経済の差につながる可能性があります

これらの政策が同じ方向を向いている間は制度普及の追い風が続くと思われますが、政権交代や経済情勢の変化により方針が揺れる場面も想定しておく必要があるでしょう。

福岡市場への影響予想

福岡を拠点とするわたしたちクロニクルとして、地域金融への波及は特に関心の高いテーマです。

九州・福岡には、半導体関連(TSMC熊本進出の波及)、スタートアップ集積(Fukuoka Growth Next 等)、食・観光・医療など、無形資産比率の高い成長産業が一定の厚みで存在しています。これらは企業価値担保権との相性が比較的良い領域だと考えられます。

地銀各行——西日本シティ銀行、福岡銀行(ふくおかフィナンシャルグループ)、北九州銀行——の動向は、福岡の中小企業金融の今後を占ううえで重要な指標になります。現時点で公表されている各行の方針までは踏み込みませんが、ふくおかFGはみんなの銀行などのデジタル金融でも先進的な動きを見せてきた経緯があり、新制度への取り組みも比較的早いタイミングで具体化する可能性があると見ています。福岡発スタートアップにとっては、地元地銀との関係構築の中で企業価値担保権が話題に上る場面が、2027年以降に増えてくるかもしれません。

注意すべきリスク・課題

楽観的な見通しばかりではありません。冷静に押さえておくべき論点を3つ挙げておきます。

第一に、制度初期の不確実性です。第一号案件の処理、特にデフォルト時の管財人選任から事業譲渡までの実務がスムーズに流れるかは、まだ未知数の部分が大きいと言えます。第二に、企業価値担保権信託会社のキャパシティです。免許制であるため、参入数が想定を下回れば、制度の利用そのものが頭打ちになる可能性があります。第三に、デフォルト時の地域経済への影響です。事業継続を前提とした制度設計とはいえ、地域の主要企業が実行対象となった場合の心理的影響は無視できません。

司法書士・土地家屋調査士として何をするか

最終回として、わたしたち自身が今後5年で取り組む方針も書いておきます。

ひとつは、学び続ける姿勢です。施行後の運用は政省令・内閣府令・各種ガイドラインの更新を通じて少しずつ姿を現します。一次情報を継続的にウォッチし、シリーズ後の追補記事として発信していく予定です。ふたつめは、異業種ネットワークの構築です。企業価値担保権は弁護士・公認会計士・税理士・FAとの協働なしには動かない制度であり、福岡の専門家ネットワークの中での連携を深めていくことが重要だと考えています。みっつめは、クライアントへの早期情報提供です。「自社で使えるか」を判断するには、経営者側の事前理解が不可欠です。相続・事業承継のご相談の中でも、企業価値担保権の選択肢を早めにご紹介できる体制を整えてまいります。

まとめ:5年後の地図を共に描く

EVシリーズ全5回を振り返ると、第1回で制度の輪郭を、第2回で銀行実務を、第3回で経営者の視点を、第4回で士業の実務を、そして本日の最終回で5年後の予想を取り上げてきました。共通して見えてきたのは、企業価値担保権は一夜にして景色を変える制度ではなく、5年・10年かけて中小企業金融の前提をゆっくり書き換えていくインフラだということです。

5年後の地図は、まだ誰にも完全には見えていません。だからこそ、経営者・金融機関・士業がそれぞれの視点を持ち寄って、共に描いていく必要があるのだと思います。

相続・事業承継のご相談を入口に、企業価値担保権も視野に入れた包括的なご相談に応じます。福岡の司法書士・土地家屋調査士として、商業登記・信託・不動産を横断した相談体制でお待ちしております。

長期にわたりEVシリーズをお読みいただき、ありがとうございました。

参考法令・出典

  • 事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号、令和6年6月14日公布、令和8年5月25日施行)
    e-Gov: https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000052/
  • 金融庁「企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について」(監督局総務課事業性融資推進室)
    https://www.fsa.go.jp/policy/kigyoukachi-tanpo/index.html
  • 金融庁「事業性融資の推進等に関する法律施行令(案)」等パブリックコメント結果(2025年7月2日公表)
    https://www.fsa.go.jp/news/r7/sonota/20250702/20250702.html
  • 経営者保証に関するガイドライン(全国銀行協会・日本商工会議所、2014年運用開始)
  • 内閣官房 新しい資本主義実現会議(スタートアップ育成5か年計画関連資料)
    https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/index.html
  • 全国銀行協会「企業価値担保権の活用に向けたポイント」

※ 本記事は2026年5月時点で公表されている情報に基づく業界論考であり、個別案件への法的助言ではありません。実際の普及・運用は施行後の事例蓄積によって変化する可能性があります。

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