司法書士のための企業価値担保権——商業登記・信託・実行手続き実務の決定版
2026年5月14日by 代表 髙岡宏

2026年5月25日施行の企業価値担保権は、本店所在地の商業登記簿への登記が「効力発生要件」とされる新しい担保物権です。申請人・添付書類・機関決定・信託契約・実行手続き、さらに不動産取引現場での新たな確認オペレーションまで、同業司法書士向けに実務手続書の密度で整理します。
導入——商業登記が「効力発生要件」という新しい担保物権
2026年5月25日、事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号、令和6年6月14日公布、以下「事業性融資推進法」)が施行されます。これにより新設される企業価値担保権は、不動産担保でも動産・債権譲渡担保でもなく、会社の総財産を一体として把握する新しい担保物権として、わが国の担保法制に正面から位置づけられます。
実務家としてまず腹に落としておくべきは、本担保権が本店所在地における商業登記簿への登記をもって効力を生ずる——すなわち対抗要件ではなく効力発生要件として登記が構成されている、という点です。民法第177条・第178条の発想、あるいは不動産登記法第3条以下の対抗要件主義、さらには動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(動産・債権譲渡特例法)の登記による対抗要件具備とも異なる、より厳格な構成が採用されました。司法書士の側からみれば、契約締結=担保権発生ではなく、登記完了=担保権発生となるため、申請書の事前点検と申請日コントロールが従来以上に重い意味を持ちます。
わたしたちクロニクルは、福岡を拠点に司法書士と土地家屋調査士のダブルライセンスで、商業登記・不動産登記・信託登記を一体で扱ってきました。本記事は、同業の司法書士・補助者および関連士業(弁護士・税理士・行政書士)、ならびに登記実務を扱う銀行担当者向けに、現時点(2026年4月末)で公表されている法令・施行令・内閣府令、ならびに金融庁が2025年7月2日に公表したパブリックコメント結果を踏まえ、企業価値担保権をめぐる登記実務の論点を、実務手続書の密度で整理するものです。実務細則のうち施行直前の通達待ちのものは「公表後追記予定」と注記しています。一般的な実務論点の整理であり、個別案件への法的助言を構成するものではない点を、冒頭にお断りしておきます。
制度の背景と目的——経営者保証GLからの直線上にある
企業価値担保権がなぜ「いま」立法化されたのか。立法経緯を理解しておくと、条文の射程と実務運用の方向感がつかみやすくなります。
第一の背景は、経営者保証に関するガイドライン(全国銀行協会・日本商工会議所、2014年運用開始)以降、金融庁・中小企業庁が一貫して進めてきた「経営者個人に過度な保証を求めない融資慣行」への移行です。事業性融資推進法はその政策パッケージの最終ピースに位置づけられ、企業価値担保権付き融資については経営者個人保証は原則として徴求されない構造が法令上担保されています(事業性融資推進法第◯条参照・公表後追記予定)。「保証禁止」と書く文献も見受けられますが、事業承継局面等の限定的例外があり得るため、本記事では「原則として徴求されない構造」と表現します。
第二の背景は、無形資産型企業の資金調達課題です。SaaS・研究開発型企業・コンテンツ事業など、価値の中心が「人・データ・ブランド」にある会社は不動産をほとんど保有しません。決算書の有形固定資産にあらわれない価値を、いかに融資判断に取り込むか——金融庁はこれを立法目的に正面から掲げ、企業価値担保権を「将来キャッシュフローを含む事業価値そのものを把握する担保」として設計しました。
第三の背景は、事業再生局面における雇用・取引先の保護です。担保権実行時、裁判所選任の管財人が事業を一体として第三者に譲渡する「事業譲渡型換価」が制度化されており、事業の解体ではなく継続価値の維持が制度設計の前提に置かれています(事業性融資推進法第◯条以下参照・公表後追記予定)。
企業価値担保権の主な特徴
条文ベースで押さえるべきポイントを、不動産抵当権との対比表で整理します。
| 観点 | 不動産抵当権 | 企業価値担保権 |
|---|---|---|
| 根拠法 | 民法第369条以下 | 事業性融資推進法 |
| 担保対象 | 個別の不動産 | 会社の総財産(現在・将来取得分含む、無形資産・のれん・将来CF) |
| 担保権者 | 債権者本人 | 内閣総理大臣免許の企業価値担保権信託会社(信託業法の特則) |
| 受益者 | (概念なし) | 融資実行金融機関(複数可・シンジケート対応) |
| 効力発生 | 設定契約(民法第176条) | 本店所在地の商業登記(事業性融資推進法第◯条・公表後追記予定) |
| 対抗要件 | 登記(民法第177条) | 登記が効力発生要件のため対抗要件概念は登記の先後で処理 |
| 設定者 | 制限なし | 株式会社・持分会社(個人事業主・医療法人・NPO法人等は対象外) |
| 借り手の処分権 | 抵当権設定後も自由処分可(追及効) | 重要な財産処分・中核事業譲渡は信託会社等の同意要 |
| 実行 | 競売・任意売却 | 裁判所選任の管財人による事業譲渡型換価 |
| 個人保証 | 別途連帯保証契約により補完 | 原則として徴求されない構造 |
担保対象が「物」から「事業」へ、担保権者が「債権者本人」から「信託会社」へ、登記の意味が「対抗要件」から「効力発生要件」へ——この三つのシフトを押さえれば、以降の論点はおおむね一貫した発想で読み解けます。
担保権設定登記の実務
申請人——共同申請が原則
商業登記法第◯条の特則(事業性融資推進法による商業登記法の改正部分・公表後追記予定)に基づき、申請人は企業価値担保権信託会社(担保権者)と債務者会社(設定者)の共同申請を原則とします。司法書士は両当事者から委任を受けるか、いずれか一方の代理人として関与します。双方代理に該当する場合は民法第108条の制約を踏まえ、本人の同意取得を契約書・委任状段階で明示しておく運用が安全です。
| 区分 | 共同申請が必要な場面 | 単独申請が可能と見込まれる場面 |
|---|---|---|
| 設定登記 | 設定者・担保権者の共同申請 | 該当なし |
| 変更登記(被担保債権の範囲) | 設定者・担保権者の共同申請 | 該当なし |
| 受益者交代(シンジケート) | 信託契約上の変更のため登記不要となる構成もあり得る | 商業登記事項に変動なき場合 |
| 抹消登記 | 設定者・担保権者の共同申請 | 弁済証明書等を添付しての設定者単独申請を許容するか公表後追記予定 |
| 実行に伴う登記 | 管財人申請 | 裁判所決定書を添付した嘱託登記 |
機関決定の要否——株主総会か取締役会か
実務上の最大の論点が、設定者会社における機関決定です。企業価値担保権の設定は会社の総財産に対する包括的負担であり、会社法第467条第1項第1号「事業の全部の譲渡」または同項第2号「事業の重要な一部の譲渡」に類比的な性質を有します。一方、設定行為自体は「事業譲渡」ではなく担保権設定であるため、文言上は同条の直接適用ではなく、同条の趣旨類推または同法第362条第4項第1号「重要な財産の処分」に係る取締役会決議としての処理が議論されてきました。
現時点で実務的に推奨される整理は次のとおりです。
| 設定者の機関構造 | 想定される機関決定 | 根拠・理由 |
|---|---|---|
| 取締役会設置会社(公開会社・大会社) | 取締役会決議(会社法第362条第4項第1号) | 重要財産処分に準ずる包括担保のため |
| 取締役会設置会社(非公開・中小) | 取締役会決議+必要に応じ株主総会特別決議 | 事業全体への影響が大きい場合は会社法第467条の趣旨類推 |
| 取締役会非設置会社 | 取締役の過半数の決定+株主総会普通決議または特別決議 | 会社法第348条・第295条第1項 |
| 持分会社(合同会社等) | 業務執行社員の過半数または定款所定の決定方法 | 会社法第590条・定款規定 |
施行直前の法務省通達によって整理が明確化される見込みであり、現時点では安全側の運用として株主総会特別決議の取得を推奨するのが穏当です(公表後追記予定)。議事録には、被担保債権の特定・信託会社の表示・担保権設定の意義および経営に与える影響について議論した旨を残します。
添付書類セット
商業登記規則および関連内閣府令の整備を前提に、現時点で想定される添付書類は次のとおりです。最終確定版は施行直前の通達によります。
| 区分 | 想定書類 |
|---|---|
| 担保権者側 | 信託会社の代表者事項証明書、信託会社の免許を証する書面(金融庁長官の免許書面の写し)、企業価値担保権信託契約書(公正証書または認証契約書) |
| 設定者側 | 委任状、会社の印鑑証明書、機関決定議事録(取締役会議事録・株主総会議事録)、定款 |
| 共通 | 申請書、登録免許税納付情報、被担保債権の特定書面、登記すべき事項を記載した別紙 |
登録免許税
金融庁公表情報によれば、現時点で担保権設定登記の登録免許税は1件3万円の定額課税とされています(暫定・公表時点。租税特別措置法および登録免許税法施行令の改正により最終確定する見込み・公表後追記予定)。不動産抵当権設定登記(登録免許税法別表第一・債権額×4/1000)と比較して、被担保債権額に比例しない定額構造である点が制度設計の特徴です。
申請書の様式・記載例
「登記すべき事項」の具体的様式(被担保債権の表示方法、信託会社の表示、効力発生年月日の記載要領)は、法務省民事局通達の発出を待って確定します。商業登記法および施行令案レベルでの骨格は固まっていますが、具体例の掲載は通達発出後とします(公表後追記予定)。
信託契約と付随契約の確認ポイント
公正証書化の要否
信託業法第3条の特則として位置づけられる企業価値担保権信託契約について、公正証書化が法令上の必須要件とされているわけではありません。ただし実務上は、効力発生要件としての登記の前提となる契約の真正性確保、後日紛争予防、契約締結日の確定日付取得の観点から、公正証書または公証人の認証を経た契約書とすることが強く推奨されます。地方の中小案件であっても、公証人手数料は登録免許税と比較すれば軽微であり、ここを節約する合理性はあまりありません。
重要財産処分・中核事業譲渡の同意条項
事業性融資推進法は、設定者会社が重要な財産の処分または中核事業の譲渡を行う場合、信託会社(および受益者である金融機関)の同意を要する旨を規定しています(同法第◯条参照・公表後追記予定)。司法書士の契約レビューポイントは次の3点です。
第一に、「重要な財産」の定義条項——金額基準(簿価ベースか時価ベースか、総資産比何%か)、性質基準(中核事業に組み込まれた資産か否か)、列挙基準(特定の重要資産の個別列挙)のいずれを採用するか。第二に、同意手続の様式——書面主義か、取締役会議事録への記載で足りるか、信託会社の社内決裁手続きとの接続。第三に、同意なき処分の効力——契約上の損害賠償にとどめるか、対外的に処分行為自体を無効とする構成を採るか(後者は取引安全との緊張があり、慎重な設計が必要)。
既存抵当権との優先関係
既存の抵当権・根抵当権等の個別担保権との併用は可能とされており、優先関係は登記の先後で処理されます。ただし、企業価値担保権が「会社の総財産」を対象とする一方、個別の不動産抵当権が特定の不動産を対象とする以上、両者は対象財産のレイヤーが異なります。実行局面では、管財人が事業譲渡を進める際に、個別不動産の抵当権者の処分同意を別途取得する必要が生じるなど、複層的な調整が想定されます(運用は通達で具体化・公表後追記予定)。
経営者個人保証の取扱い
事業性融資推進法の趣旨に照らし、企業価値担保権付き融資について経営者個人保証は原則として徴求されない構造となっています。事業承継時等の限定的局面における例外要件の充足可否は、契約パッケージ全体(保証契約・覚書・連帯保証条項)を通読して整理する必要があります。
変更・移転・抹消の論点
被担保債権の範囲変更
融資条件の変更(増額・期限延長・利率変更・コミットメントライン枠の更新)は、被担保債権の範囲変更登記として処理する見込みです。根抵当権の元本確定前変更登記(民法第398条の4以下)との類似性が想定されますが、信託契約の変更契約と一体の登記となる点、効力発生要件としての登記である以上、変更契約締結から登記完了までの間は変更後の被担保債権が担保されない構成となる可能性がある点に留意が必要です。
シンジケート組成と受益者変更
シンジケートローンを組成する場合、受益者である金融機関の追加・交代が頻繁に生じます。受益者の変更は信託契約上の変更であり、商業登記簿に記載される担保権者(信託会社)が交代しない構成であれば、登記事項そのものに変動が生じない設計も理論上は可能です。実際の運用は信託会社の業界標準契約書様式によりますが、登記負担を最小化する設計(受益者を信託契約上のみで管理し、商業登記には信託会社のみ表示)が定着すると見込まれます。
弁済による抹消
被担保債権の全額弁済により担保権は消滅し、抹消登記を申請します。抹消登記の申請構造(共同申請か、弁済証明書添付による単独申請を許容するか)は、商業登記規則の改正部分で具体化される見込みです(公表後追記予定)。
実行時の登記手続き
管財人型の事業譲渡
担保権が実行されると、裁判所が企業価値担保権管財人を選任します。管財人は、事業を解体せず継続価値を維持したまま第三者へ譲渡(事業譲渡型の換価)します。司法書士の関与は、
- 管財人選任決定書を添付した商業登記の変更
- 譲渡先会社における商号・本店・事業目的等の登記、または新設会社の設立登記
- 譲渡対象資産に不動産が含まれる場合の所有権移転登記
- 譲渡対象資産に商業登記事項(支店登記等)が含まれる場合の各所要登記
- 抹消すべき企業価値担保権の抹消登記
を時系列で組み立てる作業になります。
第二会社方式との比較
従来の私的整理・民事再生でしばしば用いられてきた第二会社方式と異なり、企業価値担保権の実行は裁判所主導の管財人型であり、債権者間の調整は管財手続の中で処理されます。商業登記の段取りも、管財人主導で進む点が大きな違いです。私的整理に比べて手続きの透明性・債権者平等は確保されやすい一方、案件期間が長期化する可能性があり、登記スケジュールも管財人と密に共有して進める必要があります。
法務局・税務署対応の同時並行
事業譲渡に伴う商業登記・不動産登記・税務(消費税・登録免許税・不動産取得税)の段取りを、管財人・税理士・司法書士で同時並行で進めます。スケジュール表(クリティカルパス)を最初に共有し、申請順序のミスによる課税関係の齟齬(適格事業譲渡か非適格か、登録免許税の納付タイミング)を防ぐ運用が望まれます。
不動産取引における新たな確認オペレーション
ここからは、わたしたちクロニクルがダブルライセンス事務所として日々現場に立つ立場から、本制度がもたらす不動産取引実務への波及を扱います。本セクションは、競合各社の解説記事ではほとんど触れられていない、しかし不動産登記に関与する司法書士全員が5月25日以降必ず直面する論点です。
二層構造がもたらす確認漏れリスク
企業価値担保権は会社の総財産を一体として把握する制度であり、会社が所有する個別の不動産については不動産登記簿には何も記載されません。これは「会社の総財産は商業登記で、個別財産は各登記簿で」という二層構造が維持されることを意味します。
この二層構造は、法人を売主とする不動産取引の現場に重大な実務論点をもたらします。すなわち、不動産売買において、不動産登記記録に抵当権・根抵当権等の個別担保権が存在しないことを確認できたとしても、それだけでは担保負担が「ない」とは言い切れないのです。当該不動産が売主法人の総財産の一部として企業価値担保権の対象に組み込まれている場合、対象資産の処分は信託契約上「重要な財産の処分」または「中核事業の譲渡」に該当しうるため、信託会社(および受益者である金融機関)の事前同意なしには有効に処分し得ない可能性が生じます。
売主法人の商業登記を必ず確認する
施行後の不動産取引、特に法人を売主とする取引においては、次の確認フローが標準化していくと予想されます。
- 通常の不動産登記情報の確認(甲区・乙区)
- 売主法人の商業登記情報の確認——企業価値担保権設定登記の有無のチェック
- 担保権が設定されている場合、信託会社・受益者からの処分同意書面の取得を売主に求める
- 同意書面の様式(信託会社の公印・受益者全員の連名・有効期限)の確認
- 同意書面の真正性を確認するため、必要に応じて信託会社への直接照会
これは、従来の不動産取引で行ってきた「商業登記事項証明書による代表者権限の確認」とはまったく別レイヤーの確認作業です。代表者権限が適法に行使されていたとしても、企業価値担保権の処分制限に抵触すれば、取引の効力にリスクが残ります。
同意なき処分の効力
同意なく処分された場合の効力(取引の無効か、損害賠償にとどまるか、買主が善意取得しうるか)は施行後の運用と通達で具体化される見込みですが(公表後追記予定)、買主に予期せぬリスクが及ぶ余地は否定できません。仲介業者・買主側司法書士の双方にとって、売主法人の企業価値担保権の有無確認を売買決済前の確認項目に組み込むことが、施行後の実務では当然の善管注意義務になっていくと考えられます。
ダブルライセンス事務所からの提言
わたしたちクロニクルは、福岡を拠点に司法書士・土地家屋調査士の両資格で不動産取引と商業登記の両面を扱ってきました。施行後は、法人売主案件の決済前チェックリストに「企業価値担保権の有無確認」を独立項目として明記し、補助者教育にもこの確認手順を組み込む方針です。同業の先生方におかれても、決済前チェックリストの改訂と、不動産仲介業者向けの情報提供を進めていただくことを強く推奨します。
レピュテーションリスクと運用上の留意点
第一号案件——おそらくメガバンクと大手スタートアップの組み合わせから出るとみられます——は、その後の制度運用の方向感を決定づける重要な意味を持ちます。同時に、第一号案件において管財人による事業譲渡が現実に発生した場合、その経緯が報道される可能性は否定できません。
事業継続を前提とする制度設計とはいえ、「担保権が実行された」という事実は対外的にネガティブに映りやすく、設定者会社の取引先・従業員・地域コミュニティに与える風評影響は無視できません。司法書士としては、設定段階から実行局面の対外コミュニケーション(プレスリリース文案・取引先通知・従業員説明)を契約附則に盛り込むことを提言する余地があります。これは単なる契約レビューを超えた、事業継続性の総合プロデュースに近い役割であり、本制度における士業の新しい付加価値領域だと考えています。
報酬基準の考え方
報酬体系は各事務所・各単位会の指針に従って設計しますが、論点整理として以下の3層で考えるのが実務的です。
第一に既存類似業務の延長——共同申請・添付書類整備・登録免許税納付といった登記申請業務そのものは、既存の商業登記報酬基準で評価可能です。
第二に新規論点に係る評価——信託契約レビュー、機関決定書類の整備、効力発生要件としての登記の精度確保(申請日コントロール)、不動産取引における二層構造確認オペレーションは、追加の評価軸が必要です。時間制報酬の併用が現実的な選択肢となります。
第三に実行時対応——管財人主導の登記対応は、案件ごとに作業量が大きく変動するため、着手金+成功報酬または日当ベースの個別見積もりが穏当です。
施行後の事例蓄積を踏まえ、日本司法書士会連合会・各単位会の発信を継続ウォッチしながら、段階的に基準を整えていく姿勢が望まれます。
司法書士が今やるべきこと
施行が目前に迫った現時点で、わたしたちが優先しているアクションは次の5点です。
- 関連法令の素読——事業性融資推進法本体、施行令、企業価値担保権に関する信託業務に関する内閣府令、商業登記規則改正部分、登録免許税法施行令改正部分を一次情報で読み込む
- 企業価値担保権信託会社・地銀との関係構築——免許取得が見込まれる信託会社、福岡においては西日本シティ銀行・福岡銀行・北九州銀行といった地域金融機関との情報交換ルートを確保
- 商業登記スキルの再確認——共同申請・添付書類・登録免許税の取扱いを基本書レベルから再確認し、補助者教育に反映
- 不動産取引チェックリストの改訂——法人売主案件における企業価値担保権の有無確認を、決済前チェックリストに独立項目として追加
- 連合会研修の受講——日本司法書士会連合会・各単位会の研修プログラムを継続受講し、施行後の通達情報を即時にキャッチアップ
まとめ——1年以内に来る波に備える
第一号案件は限定的でも、2026年後半から2027年にかけて中堅企業案件への波及が見込まれます。地域金融機関——福岡圏でいえば西日本シティ銀行・福岡銀行・北九州銀行——が動き始めれば、福岡を含む地方圏の司法書士事務所にも案件が確実に降りてきます。準備の差は施行後半年〜1年で大きく開きます。
商業登記が効力発生要件となる新しい担保物権、信託会社を介在させる二層構造、管財人主導の事業譲渡型実行、そして不動産取引現場における新たな確認オペレーション——これら四つの論点を、条文レベルと実務手続レベルの双方で押さえておくことが、施行後の競争力の源泉になります。
わたしたちクロニクルは、福岡を拠点に司法書士・土地家屋調査士のダブルライセンスで、商業登記・信託・不動産を一体で扱える体制を整えています。同業の先生方との情報交換・勉強会を歓迎しております。本制度をめぐる実務論点について、現場感のある意見交換ができれば幸甚です。
シリーズ告知
本記事は特別企画EVシリーズ第4弾です。
- 5/11(月): 企業価値担保権とは何か——10分でわかる新制度(一般向け)
- 5/12(火): 銀行員・金融機関担当者向け——融資実務はどう変わるか
- 5/13(水): 経営者向け——自社で活用できるかの判断基準
- 5/14(木): 司法書士・士業向け(本記事)
- 5/15(金): 今後予想——2027年以降のシナリオと地域金融への波及
参考法令・出典
- 事業性融資の推進等に関する法律(令和6年法律第52号、令和6年6月14日公布、令和8年5月25日施行)
e-Gov: https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000052/ - 事業性融資の推進等に関する法律施行令(公表後の最新版を参照)
- 企業価値担保権に関する信託業務に関する内閣府令(公表後の最新版を参照)
- 会社法(平成17年法律第86号)第295条・第348条・第362条・第467条・第590条
- 民法(明治29年法律第89号)第108条・第176条・第177条・第369条・第398条の4
- 商業登記法(昭和38年法律第125号)および事業性融資推進法による改正部分
- 信託業法(平成16年法律第154号)および企業価値担保権に係る特則
- 登録免許税法および同法施行令(事業性融資推進法施行に伴う改正部分・公表後追記予定)
- 金融庁「企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について」(監督局総務課事業性融資推進室)
https://www.fsa.go.jp/policy/kigyoukachi-tanpo/index.html - 金融庁「事業性融資の推進等に関する法律施行令(案)」等パブリックコメント結果(2025年7月2日公表)
https://www.fsa.go.jp/news/r7/sonota/20250702/20250702.html - 金融庁「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方」(2025年7月公表)
- 法務省民事局通達(公表後追記予定)
- 日本司法書士会連合会 研修資料・実務ガイド(公表後追記予定)
- 経営者保証に関するガイドライン(全国銀行協会・日本商工会議所、2014年)
- 商事法務「逐条解説 事業性融資の推進等に関する法律」
※ 本記事は2026年5月時点で公表されている情報に基づく一般的な実務論点整理であり、個別案件への法的助言ではありません。実務細則は施行後の通達等を踏まえて更新する予定です。
