企業価値担保権とは何か——10分でわかる新制度
2026年5月11日by 代表 髙岡宏

2026年5月25日、「事業性融資の推進等に関する法律」(令和6年法律第52号)が施行され、新しい担保制度「企業価値担保権」が始まります。土地建物ではなく、事業そのものを担保にして資金調達できる制度です。仕組み・従来の担保との違い・誰にどんな影響があるかを、初めて聞く方にも分かるように解説します。
「うちは賃貸オフィスだから、銀行に出せる担保がない」
「将来性は語れるけれど、今の決算数字だけでは融資が下りない」
中小企業の経営者やスタートアップの代表からよくお聞きするお声です。日本の融資慣行は長らく、土地建物などの不動産担保と経営者個人の連帯保証を二本柱にしてきました。事業の中身そのものではなく、その周辺にある「形のある資産」と「個人の人生」が、お金を借りるための切符でした。
この前提が、2026年5月25日を境に大きく変わります。**「事業性融資の推進等に関する法律」(令和6年法律第52号、令和6年6月14日公布)**が施行され、新しい担保制度——企業価値担保権——が動き出すからです。
なお、本制度は法案検討段階では「事業成長担保権」という通称で報じられてきましたが、法律上の正式名称は「企業価値担保権」です(金融庁公式ページの表題も「企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について」となっています)。本記事でも以下、正式名称で統一します。
わたしたちクロニクルは、司法書士・土地家屋調査士として、福岡を拠点に企業の登記実務に長く関わってきました。今回の制度は、商業登記・信託・契約のすべてが絡む大型の制度改正です。本記事ではまず、「そもそも企業価値担保権とは何か」を、初めて聞く方にも分かる形で整理します。
企業価値担保権の3行サマリ
難しい条文に入る前に、制度の輪郭を3行でつかんでください。
- 担保の対象: 個別の不動産や売掛金ではなく、「会社の総財産」(無形資産・のれん・将来キャッシュフローを含む一体。会社が将来取得する財産も含む)
- 設定方法: 借り手(株式会社・持分会社)が委託者となり、内閣総理大臣の免許を受けた「企業価値担保権信託会社」を受託者、貸し手金融機関を受益者とする「企業価値担保権信託契約」を締結する
- 実行時: 担保権が実行されると裁判所が管財人を選任し、事業を解体せず継続価値を維持したまま第三者へ譲渡(事業譲渡型の換価)する
ひと言でいえば、「事業をまるごと担保にできるが、いざというときも事業は止めない」ことを目指した制度です。


なぜ今、この制度が生まれたのか
背景には、3つの大きな流れがあります。
① 無形資産型企業の資金調達課題
ITスタートアップ、SaaS事業、研究開発型企業など、価値の中心が「人・データ・ブランド」にある企業は、土地建物をほとんど持ちません。決算書に出てこない無形資産こそが事業の本体であり、従来の不動産担保中心の融資ではこの価値が評価されてきませんでした。金融庁も「有形資産に乏しいスタートアップ等の資金調達円滑化」を立法目的に掲げています。
② 経営者保証ガイドラインからの流れ
2014年に運用が始まった経営者保証に関するガイドライン(全国銀行協会・日本商工会議所)以降、金融庁・中小企業庁は「経営者個人に過度な保証を求めない融資慣行」への移行を求めてきました。企業価値担保権は、この流れの最終ピースとして位置づけられ、制度上も経営者個人保証は原則禁止とされています。
③ 政府の成長戦略
「成長と分配」「スタートアップ育成5か年計画」など、政府は事業の将来価値で資金が回る金融を後押ししています。企業価値担保権は、この政策パッケージの一部として制度化されました。
従来の担保との比較
文章だけでは分かりづらいため、3つの担保手段を並べてみます。
| 観点 | 不動産担保 | 個人保証 | 企業価値担保権 |
|---|---|---|---|
| 担保の対象 | 土地建物 | 経営者個人の資産 | 会社の総財産(無形含む) |
| 評価軸 | 不動産時価 | 個人資産・収入 | 将来キャッシュフロー・事業価値 |
| 経営への影響 | 限定的 | 個人破綻リスク大 | 事業継続を前提 |
| 不調時の処理 | 競売・任意売却 | 個人の自己破産リスク | 管財人による事業譲渡 |
| 借りやすさ(無形資産企業) | 厳しい | 厳しい | 本制度の主戦場 |
不動産担保は「物」、個人保証は「人」、企業価値担保権は「事業」を見る——この発想の転換が、本制度のいちばんの特徴です。

仕組みを少しだけ深掘り
もう一段だけ、制度の中身に踏み込みます。
企業価値担保権は、借り手企業が委託者、信託会社が受託者、融資をする金融機関が受益者となる信託契約に基づく物権です。担保権の効力は、債務者(会社)の本店所在地における商業登記簿への登記によって発生します(対抗要件ではなく効力発生要件である点が、従来の不動産担保と大きく異なります)。複数の担保権者が存在する場合の優先順位は、登記の先後で決まります。
なぜわざわざ信託をかませるのか。理由は2つあります。
- 担保権実行時に事業を一括で動かせるよう、事業を法的にひとまとまりに「束ねて」おくため
- 借り手の経営の自由を妨げないよう、平時は通常の経営判断を経営者に残しつつ、有事のみ信託のスイッチを切り替えるため
平時は通常の事業運営を続けられますが、重要な財産の処分や中核事業の譲渡については信託会社(および受益者である金融機関)の同意が必要となるなど、一定の規律が課されます。有事には裁判所が管財人を選任し、事業をまるごと第三者へ譲渡する形で換価します——これが本制度の特徴的な事業継続型の担保実行です。
誰に関係する制度か——4つのプレイヤー
新制度は、関わる立場によって意味合いが大きく変わります。
1. 株式会社・持分会社の経営者
最大の受益者になり得る層です。不動産を持たなくても、個人保証を取られなくても、事業価値に基づく融資の道が開けます。ただし、利用できるのは会社法上の株式会社・合名会社・合資会社・合同会社のみで、個人事業主・医療法人・NPO法人等は対象外とされています(政省令で詳細が定められています)。
2. 銀行・ノンバンクなどの貸し手(受益者)
新たな融資商品を設計できる一方、事業価値の評価ノウハウが問われます。金融庁は2025年7月に「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方」を公表しており、各金融機関の判断参考資料として位置づけられています。
3. 司法書士・弁護士など士業
担保権の商業登記、信託契約書の作成、実行時の手続きなど、法的インフラを支える役割を担います。わたしたち司法書士は特に、企業価値担保権の設定登記の最前線に立つことになります。
4. 企業価値担保権信託会社
担保権者として、平時は静かに、有事は機動的に動く中心プレイヤーです。内閣総理大臣の免許制で、兼業業務の範囲も内閣府令で定められています。
2026年5月25日施行後、何が起きるか
施行されたら、明日からどんどん新制度の融資が出る——とは、おそらくなりません。
- 第一号案件は、メガバンクと大手スタートアップの組み合わせから出る可能性が高い
- 当面(2026年中)は、制度設計の試運転段階で、実例は限定的
- 本格化は2027年以降。地域金融機関や中堅企業に広がるのは、さらに数年先
理由はシンプルで、信託会社の免許取得、信託契約・商業登記・行内規程整備など、複層的な手続きと体制が必要だからです。先行事例の蓄積を待つ金融機関も多いはずです。
ただし、「準備を始めるのは今」であることは間違いありません。借り手にとっても、貸し手にとっても、士業にとっても、最初の半年〜1年で制度理解の差が大きく開きます。
残された論点(公表後追記の予定)
本記事執筆時点(2026年4月)で、運用面はパブリックコメントを経た政省令・内閣府令でほぼ枠組みが固まっていますが、以下については施行後の運用を見て追記する予定です。
- 第一号案件の具体的なスキーム
- 既存の不動産担保・個人保証との併用ルールの実務運用
- 信託会社の免許取得状況と業界マップ
確実にいえる制度概要は本文で書き切り、運用に踏み込む細部は確定後に補足する——この方針で、今後のシリーズも進めます。
まとめ
- 2026年5月25日、企業価値担保権が施行(根拠:事業性融資の推進等に関する法律=令和6年法律第52号)
- 担保の対象は土地建物ではなく会社の総財産(無形資産含む)
- 信託の仕組みを使い、事業継続を前提にした担保実行(管財人による事業譲渡)が可能
- 関わるのは経営者・貸し手・士業・信託会社の4プレイヤー
- 本格普及は2027年以降だが、準備は今から
シリーズ告知——明日から4日連続で深掘りします
本記事は、企業価値担保権を多角的に理解いただくための特別企画EVシリーズの第1弾です。明日以降、ターゲット別にテーマを変えてお届けします。
- 5/12(火): 銀行員・金融機関担当者向け——融資実務はどう変わるか
- 5/13(水): 経営者向け——自社で活用できるかの判断基準
- 5/14(木): 司法書士・士業向け——商業登記実務と信託契約のポイント
- 5/15(金): 今後予想——2027年以降のシナリオと地域金融への波及
わたしたちクロニクルは、福岡を拠点に司法書士と土地家屋調査士のダブルライセンスで、不動産・事業承継・信託を一体でご相談いただける体制を整えています。企業価値担保権についても、施行後の動きを継続的に発信してまいります。
ご関心のあるテーマがありましたら、ぜひ続編もご覧ください。
