司法書士・土地家屋調査士事務所クロニクル
生前対策

任意後見契約の基礎——家族信託との違いと使い分け

2026年5月18日by 代表 髙岡宏

任意後見契約の基礎——家族信託との違いと使い分け

親が判断能力を失う前に何ができるか。自分で支援者を選べる「任意後見契約」の仕組み、法定後見・家族信託との違い、契約の流れと費用までを福岡の司法書士がやさしく整理。元気なうちにこそ知っておきたい備えです。

「親が認知症になったら、財産はどうなるんでしょうか」——最近、ご相談の場でよくいただく質問です。

少し前までは「そのときが来たら、家族が何とかするもの」と漠然と考えていた方が多かったように思います。けれども、いざその場面が近づくと、預金の引き出しも、施設入所の契約も、家族だからといって代理できるとは限らない——その現実に気づいて、慌てる方が増えています。

そして、もうひとつよく聞くのが、「知らない後見人を、勝手に裁判所に決められたくない」という声です。

そこで知っておきたいのが、自分で「将来支援してくれる人」を選んでおくという選択肢——任意後見契約です。この記事では、わたしたちクロニクルが福岡で実務にあたるなかで整理してきた、任意後見の基礎と家族信託との使い分けをご紹介します。

任意後見契約とは

任意後見契約とは、自分の判断能力がしっかりしているうちに、「将来、判断能力が低下したらこの人に支援を頼みます」という契約をあらかじめ結んでおく仕組みです(任意後見契約に関する法律・平成11年法律第150号)。

ポイントは3つあります。

  • 支援者(任意後見人)を自分で選べる——家族でも、専門職でも、信頼できる相手を指名できます
  • 契約は公正証書で作成する——公証役場で作る決まりになっています
  • 効力発生は判断能力が低下した時点から——家庭裁判所で「任意後見監督人」が選任されると、初めて任意後見人として活動が始まります

契約しただけでは何も動きません。あくまで「将来の備え」として、引き出しに入れておくイメージに近いものです。

法定後見との違い

「後見」というと、認知症が進んでから家庭裁判所に申し立てる法定後見を思い浮かべる方が多いと思います。任意後見は、これとは別物です。

比較項目法定後見任意後見
誰が後見人を選ぶか家庭裁判所本人
いつ準備するか判断能力が低下してから元気なうちに
本人の意向反映反映されにくい契約で自由に設計可能
権限の範囲法律で定められた範囲契約で範囲を決められる
取消権(※)ありなし

※ 取消権=判断能力が低下した後、ご本人が結んでしまった不利な契約を後見人が取り消せる権利のこと。任意後見にはこの権利がないため、悪質な訪問販売などの被害が想定される場合は、法定後見の利用を視野に入れる必要があります。

法定後見は、すでに判断能力が落ちてから動き出す制度で、後見人は家裁が選びます。専門職後見人がついた場合、本人や家族の意向と必ずしも一致しない判断が下されることもあります。

これに対して任意後見は、「誰に・何を・どこまで頼むか」を、本人が元気なうちに自分の言葉で決めておける点に大きな意味があります。

任意後見と家族信託の違い——使い分け

近年、財産管理の方法として「家族信託」が広く知られるようになりました。任意後見とよく比較されますが、得意分野が違います。

比較項目任意後見家族信託
主な目的身上監護+財産管理財産管理に特化
効力発生時期判断能力低下後契約時または任意のタイミング
対象範囲医療・介護・施設入所等の身上監護も含む信託した財産のみ
初期費用比較的低めやや高め(信託登記等が必要)
設計の柔軟性法律の枠内高い(数次にわたる承継設計も可)

ざっくり整理すると、家族信託は「財産」に強く、任意後見は「身体・暮らし」にも届く仕組みです。

たとえば、施設入所の契約や、医療同意、介護サービスの選択といった「身上監護」は、家族信託ではカバーできません。一方、不動産の積極的な活用や、世代を超えた財産承継の設計は、任意後見では難しい領域です。

そこで実務でよくお勧めしているのが、両方を併用する設計です。財産管理は家族信託で受託者に任せ、身上監護や信託に入れていない財産は任意後見でカバーする——この組み合わせで、判断能力が落ちた後の暮らしと財産を、ぐるりと包み込むことができます。

家族信託そのものの設計や失敗例については、別記事で詳しくまとめていますので、あわせてご覧ください。

任意後見契約の流れ(5ステップ)

実際に契約を結ぶまでの流れは、おおよそ次のとおりです。

  1. 信頼できる支援者を選ぶ——家族(子・配偶者・きょうだい)または司法書士などの専門職を指名します
  2. 契約内容を設計する——どの財産を、どこまでの権限で管理してもらうか、医療・介護に関する希望なども含めて決めます
  3. 公証役場で公正証書を作成する——本人・任意後見受任者(契約の段階での呼び方)が公証人の前で内容を確認し、契約を結びます
  4. 判断能力が低下したら、家庭裁判所に任意後見監督人選任を申し立てる——本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見受任者・検察官などが申立てできます
  5. 監督人が選任され、任意後見人としての活動が開始——監督人の選任により、それまでの「受任者」が正式に「任意後見人」となり、定期的に業務をチェックされる体制で運用されます

契約から効力発生まで、10年・20年経つケースも珍しくありません。「準備しておくこと」と「動き出すこと」の間に時間差がある制度だと理解しておくと、心構えしやすいと思います。

費用の目安

費用は、契約時にかかるものと、発効後に継続的にかかるものの二段階で考えます。

  • 契約時:公証役場の手数料は1万1,000円程度+正本・謄本代。これに専門家への契約書作成サポートを依頼する場合、合計で10万〜30万円程度が目安です
  • 発効後:任意後見監督人への報酬として、管理財産額に応じて家裁が決定(おおむね半年〜1年単位での支給で、月額換算で1万〜3万円程度)。これは本人が亡くなるまで続きます

法定後見の場合は、専門職後見人への報酬が月2万〜6万円程度、加えて監督人がつけば監督人報酬も発生します。任意後見のほうが、トータルで見ると費用負担が軽くなるケースが多いと言えます。

ただし、費用だけで決める制度ではありません。「誰に任せたいか」が出発点です。

任意後見が向く人・向かない人

任意後見は、すべての方に最適な制度というわけではありません。

向いている方

  • 判断能力がしっかりしているうちに、自分の意思で備えておきたい
  • 任せたい家族や専門職が、はっきり決まっている
  • 施設入所や医療同意など、身上監護の場面で家族の負担を減らしたい

慎重に検討したほうがよい方

  • 家族間で意見の対立があり、誰を支援者にするかで揉めそう
  • 契約締結時点で、すでに判断能力に不安がある(この場合は法定後見の検討が現実的)
  • 財産管理だけを目的としており、身上監護は不要——この場合は家族信託単独でも足りることがあります

迷ったときは、ご家族の状況と財産の内容を一度棚卸ししたうえで、専門家と相談しながら制度を選ぶのが安全です。

福岡で任意後見を検討するなら

福岡県内には、博多・小倉・久留米などに公証役場があり、任意後見契約の公正証書作成に対応しています。公証人との日程調整や、必要書類の整備は、司法書士が同席してサポートするのが一般的です。

地域の専門家ネットワーク——司法書士、行政書士、税理士、ケアマネジャー、福祉施設——との連携があると、契約時だけでなく、判断能力が落ちた後の運用フェーズでも安心です。とくに、任意後見監督人の選任申立てや、その後の家庭裁判所への報告は、地域の実情を知る専門家がそばにいると、ずいぶん心強くなります。

わたしたちクロニクルでも、ご本人とご家族の状況をうかがったうえで、任意後見単独で足りるのか、家族信託との併用が必要なのかを含めて、制度の入り口からご一緒に検討しています。

まとめ

任意後見契約は、「将来の自分」のための備えです。判断能力が落ちてから家族が困る前に、元気なうちに支援者を自分で選んでおく——その安心感は、ご本人にとっても、ご家族にとっても、想像以上に大きいものです。

財産管理に特化した家族信託と組み合わせれば、財産と身上監護の両面をカバーできます。どちらか一方ではなく、両輪で備えるという発想が、これからの認知症対策ではスタンダードになっていくと感じています。

「うちの場合はどちらが合うのか」——その問いから始めていただいて構いません。話をうかがいながら、一緒に整理していきます。気になることがあれば、お気軽にご相談ください。

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