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生前対策

「延命をやめてください」と言う側に、家族を立たせないために——尊厳死宣言書(リビングウィル)という選択

2026年6月8日by 代表 髙岡宏

「延命をやめてください」と言う側に、家族を立たせないために——尊厳死宣言書(リビングウィル)という選択

家族信託も任意後見も遺言も、お金や手続きを誰に託すかの備えです。でも、終末期に延命治療を望むかどうかだけは、誰にも代われません。福岡の司法書士が、尊厳死宣言書(リビングウィル)の意味と限界、作る・作らないを自分で選ぶための情報を現場目線で整理します。

その「スイッチ」を、誰が押すのか

いまも忘れられない方がいます。

90代後半の女性でした。ご主人はすでに亡く、遠方で暮らすお嬢さんにも先立たれ、県内に身寄りといえる方がいませんでした。私は、その方から亡くなった後のことはきちんとしておきたいというご相談をお受けしていました。

あるとき、容体が変わります。食事がとれず、点滴で栄養を補う状態になり、医師からこう告げられました。「点滴を止めれば、おそらく1週間。続ければ、半年ほど持つかもしれません」と。

本人は、見ているこちらが辛くなるほど苦しそうでした。それでも私は、司法書士という立場では「点滴を止めてください」とは言えませんでした。命に関わる選択を、本人でもご家族でもない私が下すことはできません。海外にいるお孫さんに連絡を取り、ご親族の意向をうかがったうえで、最終的に、延命治療は行わず点滴を止めることに同意していただきました。

——もし、あの方ご自身が「自分はこうしてほしい」という意思を、元気なうちに書き残していたら。本人も、海外のご家族も、そして私も、これほど重いものを背負わずに済んだかもしれません。あの経験から、私は生前のご相談で、リビングウィルのことを必ずお伝えするようになりました。

高齢のご家族の生前対策を考えはじめると、たいていは「お金」と「手続き」の話から入ります。財産の管理を誰に任せるか、認知症になったら、亡くなったあとの事務は——。家族信託、任意後見、死後事務委任、遺言。どれも大切な備えです。

けれど、これらにはひとつ共通点があります。すべて「お金や手続きを、誰に託すか」という話だということです。

そして、どの制度をどれだけ揃えても、最後にひとつだけ空白が残ります。

終末期に、本人がもう自分の意思を伝えられなくなったとき——「人工呼吸器を外しますか」「これ以上の延命処置はしますか」と医師に問われ、その返事をする場面です。このとき決断を背負うのは、多くの場合、子であるあなたです。

この記事でお伝えしたいのは、その空白を本人自身が埋めておける手段——尊厳死宣言書(リビングウィル)の話です。そしてもうひとつ、先にお伝えしておきたいことがあります。これは「延命をやめるための書面」ではありません。本人が、自分はどうしてほしいかを、自分の言葉で残しておくための書面です。

はじめに——「尊厳死」と「安楽死」はまったく別物です

言葉が独り歩きしやすいので、最初に線を引かせてください。ここを混同したまま読み進めると、話がまるごとずれてしまいます。

尊厳死安楽死
内容回復の見込みがない終末期に、過剰な延命処置を控え、自然な経過を望むこと薬剤などで積極的に死期を早めること
性質消極的・自然な経過積極的な介入
日本での扱い法律で直接定めた規定はない(後述)認められていない

リビングウィルが扱うのは前者、尊厳死のほうです。「延命をやめる」という受け身の言葉でとらえるより、「自分は終末期にこうしてほしい、と自分の希望をあらかじめ伝えておく」という、本人が主語の能動的な意思表示だと考えるほうが正確です。

リビングウィルだけが埋められる「空白」

生前対策の制度を、ざっくり地図にするとこうなります。

守りたい局面主な備え
財産(管理・承継)家族信託 / 任意後見 / 遺言
暮らし(生活・契約の支援)任意後見
亡くなったあとの事務死後事務委任
終末期の医療・延命の意思リビングウィル(尊厳死宣言書)

前回のコラムでお話しした「任意後見+死後事務委任+遺言の3点セット」を揃えれば、財産も、暮らしも、亡くなったあとの事務も、かなりカバーできます。

それでも、いちばん下の行——終末期の医療・延命の意思だけは、別枠で残ります。

意外に思われるかもしれませんが、任意後見人は、本人の生活や療養に関する手配(身上監護)はできても、医療行為そのものへの同意や、延命治療を中止する判断を代わりにする権限は持たないとされています。つまり「暮らしは託せても、命の選択は託せない」。ここがぽっかり空いているのです。

この空白を、本人自身があらかじめ埋めておく手段が、リビングウィルです。

本当は、これは「子を守る書面」かもしれません

ここからが、わたしたちがいちばんお伝えしたい部分です。

生前対策のご相談に来られる45歳前後の方の多くが、心のどこかで恐れているのは、実は「親が亡くなること」そのものではありません。もっと具体的で、もっと言葉にしにくい恐怖です。

それは——自分が、親の命を止める判断を下す側に立たされること。

医師から「延命処置を続けますか、やめますか」と問われ、家族の誰かが答えなければならない。その一言で結末が変わるかもしれない。あとから「本当にあれでよかったのか」と、何年も自分を責め続けるかもしれない。この重さは、経験した人にしか分からないと言われます。

リビングウィルがあると、この構図が変わります。決めたのは家族ではなく、親自身。「お父さんが、お母さんが、元気なうちに自分でこう決めておいてくれた」——その事実が、残された家族を「決断の加害者」という感覚から守ってくれます。

リビングウィルは、本人のためであると同時に、本人が遺していく家族のための備えでもあるのです。

大事な前提——リビングウィルに「法的拘束力」はありません

ここは隠さずお伝えします。価値を正しく受け取っていただくために、限界を先に共有します。

日本には、尊厳死を直接定めた法律がありません。そのため、リビングウィルや尊厳死宣言を公正証書にしても、医師が必ずそれに従わなければならない、という法的な拘束力はない、というのが現在の一般的な理解です。公証実務の側でも「医療現場で必ず従わなければならないとは、いまだ考えられていない」と説明されています。

では意味がないのか——というと、まったくそうではありません。

国(厚生労働省)が2018年に示した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」は、本人の意思を尊重することを重視しています。実際、終末期医療の現場で本人の事前の意思表示を尊重する医師は近年とても多くなっている、という調査もあります。書面があれば、医療チームが本人の希望を知る確かな手がかりになります。

つまり、リビングウィルの価値は「必ず希望どおりになる法的効力」にあるのではありません。本当の価値はこちらです。

  • 本人の意思の、確かな証跡が残る——口頭の「なんとなくこう言っていた」ではなく、本人が落ち着いて記した書面として残る
  • 家族が、決断を支えてもらえる——「これでよかったのか」と一人で抱え込まずに済む。本人の意思という拠りどころができる
  • 医療チームと、対話の出発点になる——希望を伝える材料があることで、話し合いが進めやすくなる

「必ずこうなる」という保証ではなく、家族が苦しまずに済むための支え。そう受け取っていただくのが、いちばん実態に近いと思います。

どんな立場の希望も、等しく尊重されます

もうひとつ、強くお伝えしたいことがあります。

リビングウィルは「延命しない」と決めるための書面ではありません。「自分はどうしてほしいか」を記す書面です。

「最後まで、できる限りの延命をしてほしい」——これもまた、まったく同じように尊重されるべき、大切な意思です。延命を強く望むことを書き残すのも、立派なリビングウィルです。どちらが正しいという話ではありません。特定の死生観や宗教観を前提にもしません。

あるご相談者は、こうおっしゃいました。「延命を求められたとき、自分が90歳を超えていたら延命はしない。でも、それより若いうちなら、そのときの状態で考えてほしい」と。一律に決めるのではなく、年齢という自分なりの線を引いておく。これもまた、ひとつのリビングウィルの形です。

大切なのは、正解を書くことではありません。自分がどうしたいかを、家族に伝わる形で残しておくこと。その方の「90歳」という線引きは、残されるご家族にとって、何より迷わずに済む道しるべになるはずです。

大切なのは、結論そのものより、本人が自分で考え、家族と話し合っておくというプロセスのほうです。そのプロセスを、国のガイドラインでは ACP(アドバンス・ケア・プランニング)、愛称「人生会議」と呼んでいます。本人・家族・医療ケアチームが、繰り返し話し合っていく取り組みです。

リビングウィルに、最低限なにを書く?

身構える必要はありません。決まった様式はありませんが、最低限おさえたい項目はこのあたりです。

  • 回復の見込みがない終末期になったときの、延命処置の希望——人工呼吸器・心肺蘇生・人工栄養などについて、望むか望まないか
  • 痛みや苦しみをやわらげる緩和ケアについての希望——延命は望まなくても、苦痛の緩和は望む、という方は多いです
  • 作成日と署名——いつ時点の意思かが分かるように
  • 撤回・変更はいつでもできる旨——気持ちが変わったら書き直してよい、という前提を自分でも確認しておく

具体的にどこまで延命を望むか・望まないかは、医学的な内容を含みます。その線引きは、本人とご家族、そして主治医とで決めていただくものです。判断に迷う点は、必ず主治医にご相談ください。わたしたち司法書士は、医療上の判断そのものには立ち入りません。

公正証書にする、という選択肢

リビングウィルは、自分で書いた紙でも意思表示にはなります。そのうえで、より確かな形にしたい場合の選択肢が二つあります。

ひとつは、尊厳死宣言公正証書として公証役場で作成する方法。公証人が関与した公文書として残るため、本人が落ち着いた状態で、明確な意思で作成したことの証跡になります。手数料は1万3千円前後が一つの目安とされますが、金額は改定されることがあるため、作成時に最新の額を公証役場へご確認ください。作成には印鑑証明書と実印などが必要です。

もうひとつは、日本尊厳死協会を利用する方法。リビングウィルの原本を保管し、原本証明付きのコピーを交付してくれる仕組みです。満15歳以上から加入でき、会費は現行で正会員が年2,000円、終身が70,000円とされています(最新の会費は公式でご確認ください)。

なお、よくある誤解として「遺言に書いておけばいいのでは」というものがあります。これは別物です。尊厳死宣言は「死亡する直前(終末期)の医療」の話、遺言は「亡くなったあとの財産」の話で、扱う時間も対象もまったく違います。遺言の付言事項に書くのではなく、別の書面として用意するのが筋です。

福岡にお住まいの方なら、お近くの公証役場で尊厳死宣言公正証書の相談ができます。近年は在宅医療や在宅看取りに力を入れる地域の医療機関も増えており、終末期の希望を事前に共有しておく意味は、以前より実感しやすくなってきていると感じます。

私たちがお手伝いできること、できないこと

ここで、役割をはっきりさせておきます。

尊厳死宣言書の「内容」——どこまで延命を望むか、といった中身は、本人とご家族、そして主治医が決めるものです。医学的な判断や医療への同意、延命をどうするかの判断に、わたしたち司法書士が立ち入ることはありません。それは私たちの仕事の範囲ではありません。

わたしたちがお手伝いできるのは、その決まった意思を書面として整え、公正証書化の手続きをサポートする部分です。

そして、ここに司法書士本来の強みがつながります。リビングウィルは単独で作るより、遺言・家族信託・財産目録と一体で考えると、ご本人の意思の全体像がきれいに整います。お金のこと、暮らしのこと、そして命の選択——バラバラの書類ではなく、ひとつの「あなたの意思の地図」として束ねていく。そのお手伝いが、私たちの領域です。

さいごに——その重さを、本来背負うべきなのは誰でしょう

最後に、ひとつだけ想像してみてください。

高齢のご家族の延命治療について、医師に「やめてください」と告げる場面。あるいは「続けてください」と告げる場面。その一言を、あなた自身が口にする瞬間を。

その重さは、決して軽いものではありません。けれど——本来それを引き受けられるのは、あなたではなく、親自身なのかもしれません。元気なうちに、自分の言葉で決めておくことができるのですから。

この記事は、リビングウィルを「作りましょう」とおすすめするものではありません。作る・作らないも含めて、ご自分で選んでいただくための情報です。だからお願いしたいのは、たったひとつ。

今度ご家族と会ったとき、ふとした折に、こんな一言をきっかけにしてみてください。

「もし自分が最後そういう状態になったら、どうしてほしい?」
「お父さん(お母さん)は、そういうの考えたことある?」

正解を出す必要はありません。話してみること、それ自体が、いちばんの備えになります。

クロニクルでは、福岡で相続・生前対策のご相談をお受けするなかで、遺言・家族信託・財産目録と合わせて、ご本人の意思を書面として整えるお手伝いをしています。「何から考えればいいのか」という入り口から、ご一緒に考えます。

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