その遺言、実行する人はいますか——遺言執行者の役割と選び方
2026年7月6日by 代表 髙岡宏

遺言は、書くだけでは実行されません。預金解約も不動産の名義変更も、動かす人が要ります。家族・専門家・信託銀行のどれに託すか、不動産があれば登記まで一気通貫できる司法書士の視点で、選び方を正直に整理します。
その遺言、書いて終わりにしていませんか
時間をかけて遺言書を準備した。それで「ひと安心」と思われるかもしれません。けれど、ひとつ見落とされがちな視点があります。その遺言を、実際に実行する人は決まっているでしょうか。
遺言書は、書いただけでは自動で実現しません。預貯金を解約する、不動産の名義を変える。こうした手続きを、誰かが現実に動かす必要があります。その役割を担うのが、遺言執行者です。
この記事では、遺言執行者がどんな役割を果たすのか、そして誰に託すのが良いのかを、実務の視点から整理します。
遺言執行者とは何をする人か——役割と権限
遺言執行者とは、遺言の内容を実現するために必要な手続きを担う人のことです。民法1012条では、遺言執行者は遺言の執行に必要な一切の行為をする権限を持つとされています。
具体的な仕事は多岐にわたります。預貯金口座の解約や払戻し、有価証券の名義変更。そして不動産があれば、その名義変更登記。これらを相続人に代わって進めます。
遺言執行者がいれば、これらの手続きを執行者が単独で進められます。相続人全員に署名や実印を一つずつ求めて回る必要がありません。相続人が複数いて、それぞれ離れて暮らしている場合、この差は大きく効いてきます。
実際に、こんな案件がありました。遺言で「福岡の不動産を売却し、その代金を相続人で分ける」と定められた、いわゆる清算型の遺言です。相続人の多くは県外にお住まいでしたが、福岡在住の相続人お一人が遺言執行者に指定されていたため、売却に向けた買主との調整や決済、名義変更の手配まで、現地で滞りなく進みました。もし執行者がいなければ、契約や決済の節目ごとに遠方の相続人全員の署名や実印が必要になり、手続きは大きく遅れていたはずです。
指定しないとどうなる?——執行者不在のリスク
では、遺言執行者を指定しないとどうなるのでしょうか。
執行者がいなくても、相続手続き自体は進められます。ただし、その場合は相続人全員が共同で手続きにあたるのが原則です。預貯金の解約も不動産の名義変更も、相続人全員の協力と署名押印が必要になります。
ここで問題になるのが、協力に消極的な相続人がいたり、連絡が取りにくい人がいたりするケースです。一人でも欠ければ、手続きはそこで止まってしまいます。
相続人の間で意見が対立して進まない場合は、家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てることもできるとされています。ただし、それには相応の時間と手間がかかります。相続人の中に認知症などで判断能力が低下した方がいれば、手続きはさらに複雑になります。
こうした事態を避けるためにも、遺言を書く段階で執行者を決めておくことには意味があります。
誰に託すか——家族・専門家・銀行の正直な比較
遺言執行者に、特別な資格は要りません。相続人の一人でも、専門家でも、法人でもなることができます。代表的な3つの選択肢を、正直に比較してみます。
家族・相続人に頼む場合
配偶者やお子さんなど、家族の一人を遺言執行者にする方法です。費用を抑えられ、家庭の事情にも通じているのが利点です。
一方で、注意も要ります。執行者になった相続人は、他の相続人と利害が対立する場面で、中立性を疑われることがあります。また、戸籍の収集や金融機関とのやりとり、登記の手配など、慣れない実務の負担は小さくありません。
専門家(司法書士・弁護士)に頼む場合
中立的な第三者として、落ち着いて手続きを進めてもらえるのが利点です。相続人どうしの感情的な対立からも距離を置けます。
司法書士は、不動産の名義変更登記までを一つの窓口で進められるのが強みです。遺言執行では、預金解約と並んで不動産の登記が山場になります。ここを切れ目なく対応できる点は、不動産が絡む相続で頼りになります。一方、相続人の間ですでに争いが生じている場合は、弁護士が適しています。費用はケースにより異なります。
遺言書そのものの有効性に不安がある場合は、その遺言書、使えないかも もあわせてご覧ください。せっかく執行者を決めても、遺言自体が無効では実現できません。
信託銀行に頼む場合
信託銀行に遺言執行を託す方法もあります。規模の大きさによる安心感を挙げる方もおり、遺言書の保管から執行までを一括して扱ってもらえるのが特徴です。
ただし、相性を見極めたい点もあります。一般に手数料は高めに設定され、最低報酬額が定められていることが多いようです。また、不動産の名義変更登記や相続人間の紛争への対応は、提携する司法書士や弁護士に別途委ねられることがあります。窓口は一つでも、実務は外部の専門家が担う場合がある。この構造は知っておくと良いでしょう。
ここで、家族に託す場合の負担を、もう少し具体的に見てみます。遺言執行者には、法律で定められた務めがあります。就任したら、遅滞なく相続人全員に就任を通知する。相続財産の目録を作成し、相続人に交付する(民法1011条)。財産の管理や手続きは「善良な管理者の注意」をもって進め、相続人から求められれば、いつでも経過を報告する。任務が終われば、その顛末も報告する。これらは「やったほうが良いこと」ではなく、法律上の義務です。怠れば、損害賠償や解任につながることもあり得ます。慣れない方が、ご自身の仕事や生活と並行してこなすには、決して軽くない役割です。
Chronicleならではの強み——執行から登記・測量まで一気通貫
遺言執行の山場は、預貯金の解約と、不動産の名義変更登記です。とくに不動産が絡む場合、執行と登記をどうつなぐかが手続きの鍵になります。
司法書士は登記の専門家です。遺言執行者として手続きを進めながら、そのまま不動産の名義変更登記まで切れ目なく対応できます。執行は専門家に頼んだのに、登記は別の事務所へ。そうした分断が起きません。
さらに、遺贈や分割の対象となる土地で境界が不明確だったり、地積に疑義があったりする場合があります。未登記の建物が見つかることもあります。こうしたときは、土地家屋調査士による測量や表題登記が必要です。当事務所は司法書士と土地家屋調査士の機能を併せ持ち、この場面も自所内で対応できます。
福岡やその周辺では、長く名義を動かしていない土地や、境界が曖昧なままの土地も少なくありません。
実際に、こんなケースがありました。親名義の一筆の土地の上に、二棟の住まいが建っている。一棟は親と長女の共有、もう一棟は長男の名義。この土地をそれぞれの住まいの持ち主に合わせて引き継がせるには、まず土地を二つに分ける分筆登記が必要です。そして分筆には、境界の確定測量が欠かせません。当事務所では、土地家屋調査士として測量から分筆までを行い、そのまま司法書士として名義変更の登記へ進みました。測量と登記を別々の事務所に頼んでいれば、打ち合わせも費用の窓口も二重になっていたところです。一つの窓口で完結できたことで、ご家族の負担はまったく違うものになりました。
頼むときの実務ポイント——指定方法・報酬・線引き
遺言執行者は、遺言書の中で指定するのが基本です。民法1006条では、遺言者は遺言で執行者を指定できるとされています。とくに公正証書遺言で執行者を定めておくと、より確実です。
報酬には、遺言の中であらかじめ定めておく方法と、家庭裁判所に定めてもらう方法があるとされています。金額はケースにより幅があるため、依頼を検討する際は見積もりを確認しておくと安心です。
なお、いったん指定された執行者も、正当な理由があれば家庭裁判所の許可を得て辞任できるとされています。
最後に、線引きについて正直にお伝えします。相続人の間で争いになってしまった場合、その代理交渉は弁護士の領域です(弁護士法72条)。相続税が関わる判断は、税理士の領域です。私たち司法書士は、これらの専門家と連携しながら、手続きの実行を担います。
あなたの遺言は、「実行する人」まで決まっていますか
遺言は、書いて終わりではありません。その内容を実現する実行者まで決めて、はじめて完成します。
誰を遺言執行者にするのが良いかは、ご自身の状況によって変わります。不動産はあるか。家族構成はどうか。相続人の間で揉める可能性はないか。こうした要素を考え合わせて選ぶことが大切です。
とくに不動産が絡む場合や、家族だけでの手続きに不安がある場合は、一度専門家にご相談いただく価値があります。
あなたの遺言は、実行する人まで決まっていますか。書いた内容を確実に届けるために、いまいちど確かめてみてください。



