親の預金が凍結された——相続手続き、正しい順番を知っていますか
2026年6月30日by 代表 髙岡宏

親が亡くなると、銀行口座は凍結されます。葬儀費用も引き出せず慌てがちですが、大切なのは動く順番です。やってはいけない一手、当面をしのぐ仮払い制度、正式な解約までの手順を、福岡の司法書士が相続の現場目線で解説します。
ATMの前で、固まってしまったあなたへ
父が亡くなって数日後。立て替えた葬儀費用を引き出そうと、ATMに向かいます。けれど、いつものカードが反応しない。窓口で尋ねて、はじめて知らされます。「お父さまの口座は、凍結されています」と。
この瞬間に頭をよぎるのは、目の前の支払いをどうするか。そして、何から手をつければいいのか。その焦りです。
この記事は、凍結を解く手順をただ並べたものではありません。お伝えしたいのは「順番」です。動く順番さえ間違えなければ、預金の凍結は、落ち着いて乗り越えられます。
口座はいつ、なぜ凍結されるのか
まず、よくある誤解をほどいておきます。役所に死亡届を出すと、その情報が自動で銀行に伝わって口座が止まる。そう思われがちですが、違います。
口座が凍結されるのは、銀行がその人の死亡を知った時点です。遺族からの連絡や、新聞のお悔やみ欄。そうしたきっかけで、銀行は口座を止めます。
なぜ止めるのか。亡くなった方の預金が、相続人全員で分け合う「相続財産」に変わるからです。一人が勝手に引き出せないようにして、全員の財産を守る。それが凍結の目的です。
では、銀行に知らせず黙っておけばいいのか。そうとも言えません。凍結されないままでは誰がいくら引き出したかが曖昧になり、かえって後の話し合いを難しくしてしまいます。
慌てて「凍結前に引き出す」のが、いちばん危ない
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。凍結される前に、あるいは凍結後にカードの暗証番号で、故人の預金を引き出してしまう。よかれと思ってのこの一手が、思わぬ落とし穴になります。
引き出したお金を相続人が使ってしまうと、相続を承認したとみなされることがあります。これは法定単純承認と呼ばれ、民法921条に定めがあるとされています。問題は、これによって相続放棄ができなくなるおそれがあることです。あとから故人に多額の借金が見つかっても、もう放棄を選べない。そうした事態を招きかねません。
相続放棄には、相続を知ったときから原則3か月という熟慮期間があるとされています。その短い間に、知らずに預金へ手をつけてしまう。それが選択肢を狭めてしまうのです。
葬儀費用に充てるだけなら大丈夫、という声も聞きます。社会通念上やむを得ない範囲とされる場合もありますが、線引きは微妙です。安易に手をつけるのは控えるのが賢明です。
さらに、引き出したお金は使い道をめぐって火種になり、相続人どうしの信頼を静かに削っていきます。
実際にあった話です。あるご家庭で、よかれと思って親御さんの口座から葬儀費用を引き出したことがありました。引き出すこと自体を責める方はいませんでした。ところが、葬儀にどこまでお金をかけるか——その使い方をめぐって、きょうだいの間で意見が割れてしまったのです。お金を引き出すという一手は、それ自体が悪いのではなく、後の話し合いの火種になりやすい。そのことを、現場で何度も見てきました。
当面のお金は「仮払い制度」でしのぐ
とはいえ、葬儀費用も当面の生活費も、待ってはくれません。そこで設けられているのが、預貯金の払戻し制度です。民法909条の2にもとづき、2019年から使えるようになった仕組みとされています。
これは、遺産分割が決まる前でも、相続人が一人で、一定額までを引き出せる制度です。引き出せる上限は、原則として「その口座の預金額 × 自分の法定相続分 × 3分の1」で計算します。さらに、一つの金融機関につき150万円までとされています。たとえば預金600万円で、相続人が子2人の場合。一人あたり100万円ほどが目安です。
注意したいのは、これは凍結の解除ではないという点です。あくまで当面をしのぐための手当てであり、正式な解約とは別の手続きです。正確な金額や必要書類は金融機関ごとに異なります。窓口での確認をおすすめします。
凍結を解いて引き出す「正しい順番」
では、口座を正式に解約して引き出すには、どう動けばいいのか。順番には、ちゃんと意味があります。
第一に、銀行へ連絡し、残高証明書を取得します。これで、亡くなった日の残高が確定します。いくらあるのか。話し合いの土台を、まず固めるわけです。
第二に、戸籍を集めて相続人を確定します。誰が相続人なのかが定まらなければ、銀行はお金を渡せません。ここは以前なら大変な作業でした。けれど2024年に始まった戸籍の広域交付によって、最寄りの役所でまとめて取得しやすくなりました。詳しくは戸籍の広域交付を使った相続登記の進め方もあわせてご覧ください。
第三に、遺産分割協議で、誰がその預金を受け取るかを決めます。第四に、その結果をもって各金融機関へ解約・払戻しを請求します。
この順番を飛ばすと、多くの場合、差し戻されます。相続人が確定しないまま窓口に行っても、書類が足りずに帰されるだけです。だからこそ、順番なのです。
福岡で詰まりやすいポイント
福岡の郊外では、実家の通帳が一つとは限りません。地元の地方銀行、信用金庫、ゆうちょ、JAバンク。複数に分散していることがよくあります。
やっかいなのは、金融機関ごとに必要書類や窓口の進め方が少しずつ違うことです。一つ終えても、次でまた一から。その負担が積み重なります。
実際の現場でも、ゆうちょ銀行は書式も進め方も独自色が強く、必要書類の確認から払戻しまで思いのほか日数を要する印象があります。正直に言えば、ゆうちょは専門家にお任せいただいたほうが安心な金融機関のひとつです。
まとめて頼める? 司法書士にできること・できないこと
ここまで読んで、自分一人で全部やるのは大変だ、と感じた方もいるでしょう。
戸籍の収集、残高証明の取得、遺産分割協議書の作成、そして各金融機関への払戻し手続き。これらは、相続人に代わって司法書士がお引き受けできる部分です。複数の銀行に分散した口座も、まとめてお任せいただけます。窓口を何度も往復する負担を減らせます。
もし相続財産に実家などの不動産も含まれるなら、預金の手続きと並行して、名義変更の登記まで一本の流れで進められます。当事務所は土地家屋調査士も兼ねていますので、土地の境界や面積が問題になる場面でも、続けて対応できます。実家の名義変更については空き家になった実家の名義変更で詳しく触れています。
一方で、正直に線を引くべきところもあります。相続税がいくらかかるかといった税の判断は税理士、相続人どうしが争いになった場合の交渉や調停は弁護士の領分です。とはいえ、ご依頼者ご自身で一から税理士や弁護士を探していただく必要はありません。当事務所は信頼できる税理士・弁護士と提携しており、クロニクルが窓口となって、最適な専門家へおつなぎします。窓口は一つのまま、必要な専門家がチームとして加わる。あちこちに相談して回る負担なく、相続の入口から出口まで一貫してお任せいただけます。
凍結の混乱を、「次」に活かす
最後に、少し先のお話をさせてください。預金凍結をめぐる混乱の多くは、親の口座がどこにいくつあるのか分からない、というところから始まります。通帳をかき集め、どれが生きている口座なのかを確かめる。それだけで何日もかかることがあります。
だからこそ、親が元気なうちに、取引のある金融機関を一枚の紙に書き出しておく。それだけで、いざというときの負担は大きく変わります。順番を知り、備えがあれば、慌てる必要はありません。
現場でも、「あのとき、親の口座がどこにいくつあるか分かってさえいれば」と漏らされるご遺族は少なくありません。だからこそ、私たちは生前のうちに、預貯金や不動産を一枚にまとめた「財産目録」をつくっておくことをおすすめしています。どこに何があるかが見えていれば、残されたご家族は迷わずに動けます。作り方はもしもの時、家族はあなたの財産を探せますか——元気なうちに作る「財産目録」で具体的に紹介していますので、あわせてご覧ください。
そしてもう一歩の備えが、遺言です。遺言で預金を誰に引き継ぐかを決めておけば、遺産分割協議の成立を待たずに解約手続きを進めやすくなり、凍結で家計が止まる期間を短くできます。作り方は公正証書遺言の作り方と費用で解説しています。クロニクルでは、財産目録づくりから遺言まで、ご家庭ごとの「健康診断」として論点を整理する生前対策のご相談を承っています。凍結の混乱を経験されたご家族こそ、次の備えを一緒に考えてみませんか。
あなたは、ご両親の口座が、いくつ、どの銀行にあるか、今すぐ言えるでしょうか。



