信託監督人は、託された子を守る盾です——置くべきケースと、置かなくてよいケース

司法書士・土地家屋調査士 髙岡 宏
2026年8月17日

家族信託で、財産を管理する子を見守る「信託監督人」。実はこの仕組みは、託された子を疑いから守る盾でもあります。ただし、どのご家庭にも要るものではありません。置いたほうがよいケースと、置きたくても担い手がいないという実務の壁、当初は置かず道だけ残しておく設計まで、福岡の司法書士・土地家屋調査士が整理します。
実家の名義を、福岡の妹さんに移す。これからは妹さんが、お母さまの財産を管理していきます。離れて暮らすあなたからは、日々の管理が見えなくなる。それで大丈夫だろうか——その問いから始めます。
前回の受益者だけは、契約書を作る日に決まりますでは、受益者のまわりを整理しました。今回はその管理を、誰が確かめるかという話です。
信託監督人は、どのご家庭にも要るものではありません。置く・置かない・道だけ残す——この選択ができるのは、契約書を作る段階だけです。
信託が働き出す瞬間に、監督の目が消える
家族信託では、受託者を確かめる権利が用意されています。帳簿を見せてもらう(信託法38条)、定めに反する行為を差し止める(同44条)。この権利を持つのは受益者本人、実家の信託ならお母さまご自身です。
家族信託のご相談の大半は、認知症への備えです。認知症の高齢者は2040年に584.2万人との推計もあります(厚生労働省研究班)。
つまり、この仕組みが本領を発揮するのは、お母さまが判断できなくなったあと。監督の権利を持つただ一人の人が、まさにその場面で、監督できなくなる。信託監督人は、この空白を埋めるための制度です。
受益者代理人との違い——うちはどちらが要るのか
前回の受益者代理人が、お母さまの手足の代わり。信託監督人は、目の代わり、と言えば近いでしょうか。
法律上の位置づけも違います。受益者代理人が置かれると、お母さまはご自身では権利を行使できなくなるのが原則です。ただし、いま挙げた帳簿を見る・差し止めるといった監督の中核は、お母さまに残ります(信託法139条4項)。信託監督人のほうは、上乗せの見張り役です。
| 受益者代理人 | 信託監督人 | |
|---|---|---|
| 何をする人か | 受益者の権利を代わりに行使する | 受託者を監視する |
| 視線の先 | 受益者(お母さま) | 受託者(管理する子) |
| 置くとどうなるか | 本人は原則、自分で権利を行使できなくなる(監督にかかわる権利は残る) | 本人の権利はそのまま残る |
※ 両方を置くこともできます。受託者は、どちらも兼ねられません。
実務の基本形は、まず受益者代理人。信託監督人は、そのうえに確かめる目を足したいときの選択肢です。なお、成年後見制度の後見監督人とは別の制度です。
監督人は「疑う装置」ではなく、守る盾でもある
家族を信じて託すのに、監督人まで置くのか。そう感じられるのは自然なことです。
けれど、「使い込んだのでは」とほかのごきょうだいに言われる場面は、のちの相続のときに起きがちです。そのとき、第三者のチェックを経てきた支出の記録は、管理してきた子の潔白を裏づける材料になります。説明の責任を、その子の誠実さひとりに背負わせず、仕組みの側に持たせておく。引き受けてくれた子への思いやりでもあるのです。
置くことを検討したいケース、置かなくてよいケース
以前の家族信託の失敗例5選では、監督人の設置はほぼ必須とお伝えしました。きょうだい間の関係が複雑なご家庭や、財産規模が大きいご家庭では、と。その標準がとくに効くのは、どんなご家庭か。
- ごきょうだいの一部が遠方にお住まいで、日々の管理が見えない
- 実家売却の可能性や収益不動産など、動く金額が大きい
- 受託者候補とほかのごきょうだいの間に、温度差や不信の芽がある
- 信託が長い期間にわたる設計
- 受託者が一人っ子で、ほかに確かめられる家族がいない
最後は意外かもしれません。ほかに目がないからこそ、第三者の目がその子自身を守るのです。
一方、置かなくてよい典型もあります。ごきょうだい全員が設計に納得して情報共有の習慣があり、財産が自宅と管理用の金銭程度でシンプル。それなら受益者代理人の基本形で足りるでしょう。
受託者の暴走が頻繁に起きるわけではありません。ただ、起きたときの被害は大きく、回復が難しい。手立ては、起きる前の設計にしかありません。
置けば安心、ではありません
ただ、置けば安心、ともなりません。監督は基本的に、報告や帳簿の確認による事後のチェックです。日々の支出をその場で止められるわけではなく、監督人の高齢化や辞任、形だけの運用に終わるおそれもあります。事故をゼロにするのではなく、早く気づき、受託者に緊張感を保ってもらうための仕組み。そう捉えたうえでの判断になります。
置きたくても、置ける人がいない
ここまでは、置くかどうかの判断をお話ししてきました。けれど実務でいちばん高い壁は、その手前にあります。担い手がいないのです。
家族信託は、信頼して財産を託せるご家族がいて、はじめて成り立ちます。その候補がそもそも一人しかいない、というご家庭は珍しくありません。その一人に受託者をお願いすれば、監督する側に回れる方は残りません。受託者は、監督人を兼ねられませんから。
法律上の制限は、ほとんどありません。なれないのは未成年者と、その信託の受託者だけ。親族でもなれますし、専門家である必要もありません。ただ、なれることと向いていることは別です。受託者に説明を求め、帳簿を確かめ、必要なら止める。これを何年も続けられるか。関係が近い方ほど、かえって言いにくいこともあります。
仮に候補が二人いたとしても、監督人に回るとは限りません。認知症への備えが目的なら、先に必要なのは受益者代理人だからです。お母さまが判断できなくなったあと、受益者の権利を代わりに行使する方がいなければ、信託そのものが回りません。しかも受益者代理人は、お母さまに代わって帳簿を確かめ、差し止めることもできます(信託法139条1項)。一人を受益者代理人に充てれば、代理と監督の両方の役目が、その一人に乗るのです。限られた人手は、まずそちらへ充てたい。監督人は、それでもなお余力があるときの選択肢です。
担い手が見つからないときの道は、三つ。ご家族全員への定期報告を契約書で義務づけて、目を分散させる。専門職に依頼する——ただしこれには、私たち自身に留保があります。当初は置かず、置ける状態だけを契約書に残す。後の二つを、次にお話しします。
費用のこと、そして「道だけ残す」設計
専門職に監督人を頼むと、月額の報酬が継続的にかかります。公的な基準はなく、財産の規模などにより月5,000円から3万円程度の幅で語られます。信託は10年、20年と続きえますから、月額でなく累計で捉える視点が要ります。親族が就く場合は、無報酬も選べます。
一つ、開示しておきます。司法書士などの専門職が監督人に就任する実務があり、お勧めする側が報酬の受け手にもなり得る構造です。そのうえで申し上げると、専門職が監督人に就くことについて、私たちはまだ自分たちの答えを持てていません。監督人の責任がどこまで及ぶのかは、必ずしも明確ではありません。監督するといっても、具体的に何をどこまで確かめるのか。それは、私たちがご報酬をいただいてまで担う値打ちのある中身にできるのか。答えのないまま、月々のご負担だけをご家庭に残すことは避けたい。監督人という仕組みそのものを否定するのではありません。ただ、専門職が就くという選び方は、いまの私たちからは積極的にはお勧めしていません。
監督人は基本的に、信託契約書で定めて置きます。契約後に必要が生じたときは、利害関係人が裁判所に選任を申し立てる道もあります。ただし、受益者が監督を適切に行えない特別の事情がある場合に限られます(信託法131条4項)。多くは、紛争の芽が出たあとの話です。
三つ目の道が、この中間の設計です。当初は置かず、必要になったら誰が・どうやって監督人を置くかを契約書に定めておく。月額の報酬を払わずに、置ける状態だけを確保する形です。権限の幅も、契約の定め方しだいです。確認と報告までに絞ることもできます。
確かめる仕組みも、お母さまが元気な今しか選べません
置く。置かない。道だけ残す。この線引きは、ご家族の構成、財産、ごきょうだいの距離感を伺って、はじめて判断できます。私たちの生前対策コンサルティングは、ご家庭の健康診断。監督人をお勧めする相談ではなく、置くかどうかをご一緒に判断する相談です。ごきょうだいの争いが現実になった場合の対応は、弁護士の領域です。その際もクロニクルが窓口となり、提携の弁護士へお繋ぎします。
あなたのご実家の管理を、誰が担い、誰が確かめるでしょうか。確かめる仕組みが要るご家庭かどうか——それを選べるのも、お母さまがお元気な今だけです。






