家族信託した実家は売れる? 売却前に確認したい契約書・測量・登記・税金の話

司法書士・土地家屋調査士 髙岡 宏
2026年10月13日

家族信託した不動産の売却は、信託契約書と信託目録の確認から始まります。土地の一部を売るなら測量・分筆も受託者の名前で行い、売却の登記では信託登記の抹消が加わります。福岡の司法書士・土地家屋調査士が、代金の受け皿、税金の申告、親が元気なうちにしておきたいことまで整理します。
「家族信託をしておいたので、母が施設に入っても実家は売れますよね」
家族信託のご相談で、よくいただく質問です。家族信託をしておけば、親が認知症になった後でも、子どもが代わりに実家を売れる。そう聞いて、信託を始めた方もいらっしゃると思います。
ただ、私はこの質問に、すぐ「売れます」とはお答えしません。まず確認するのは、家族信託の契約書です。契約書の内容によっては、実家を売るために親の同意が必要になることもあるからです。
また、実際に売るとなれば、土地の境界を確認したり、測量をしたり、登記をしたりと、いくつかの手続きが必要になります。売った後のお金や税金についても考えなければなりません。
以前の記事「親の実家、売るに売れない──元気なうちに備える『実家信託』という選択」では、将来、実家を売れるように備えておく話をしました。今回は、その続きです。
すでに家族信託をしている実家を、実際に売るときには何をすればよいのか。 順番にご説明します。
1.最初に確認するのは、家族信託の契約書
家族信託をした実家は、登記の名義が親から子どもに移っています。例えば、お母さまが実家を信託し、長男が管理を任された場合、登記上の所有者は長男になります。この管理を任された人を「受託者」といいます。実家を売るときも、売主になるのは受託者である長男です。
ただし、名義が長男になっているからといって、何でも自由にできるわけではありません。家族信託では、受託者にどこまで任せるかを契約書で決めます。そのため、クロニクルでは、売却のご相談をいただいたら、まず次のことを確認します。
- 受託者に実家を売る権限があるか
- 売るときに、お母さまの同意が必要になっていないか
- 実家を売った後も、信託を続ける契約になっているか
契約書と一緒に「信託目録」も確認します。これは、誰が、誰のために、どの財産を管理するのかなどを記録した登記の書類です。
特に気をつけたいのが、実家を売るには、お母さまの同意が必要だと定められている場合です。お母さまが認知症になり、売却について判断できなくなっていたら、必要な同意を得られず、売却を進められないことがあります。せっかく認知症に備えて家族信託をしたのに、これでは困ってしまいます。
そのため、クロニクルでは、認知症への備えとして信託を組む場合、原則として、売却時にご本人の同意が必要となる契約にはしていません。
また、買主や不動産会社も、受託者に売却する権限があるかを気にします。家族信託をした不動産の売買は、一般の不動産売買ほど多くありません。不動産会社や買主が利用する金融機関が、手続きに慣れていないこともあります。そこで司法書士が契約書と登記を確認し、必要に応じて、関係者に売却の権限や手続きを説明します。
2.実家を売るとき、土地の測量は必要?
契約書を確認したら、次は土地の状態を調べます。
例えば、広い敷地に実家と畑があり、実家の部分だけを売りたいとします。この場合、土地を登記の上で二つに分ける「分筆」という手続きが必要になることがあります。分筆とは、一つの土地を二つ以上に分ける登記のことです。
一方、土地も建物も、すべてまとめて売るのであれば、通常は分筆する必要はありません。ただし、分筆しないからといって、測量も必要ないとは限りません。実家を丸ごと売る場合でも、買主から土地の境界をはっきりさせてほしいと求められることがあります。
お隣の土地との境界がどこにあるのか。道路との境界はどこなのか。こうした境界を関係者と確認し、土地の形や面積を測るのが確定測量です。
例えば、昔からあるブロック塀を、お隣との境界だと思っていたとします。ところが、調べてみると、塀が境界線の上に建っているとは限りません。隣地の所有者との認識が違っていることもあります。そのまま売ろうとすると、買主との話が進まなくなることがあります。
土地を一部だけ売る場合はもちろん、全部売る場合も、事前に境界を確認しておくと安心です。
3.測量や分筆は、誰の名前で手続きするの?
家族信託をしている土地では、ここが少し分かりにくいところです。
例えば、実家の所有者だったお母さまが施設に入り、長男が受託者になっているとします。土地の測量や分筆の手続きも、お母さまではなく、受託者である長男を中心に進めます。
| 手続き | 誰が行う? | 担当する専門家 |
|---|---|---|
| 土地の境界の確認 | 原則として受託者 | 土地家屋調査士 |
| 土地の測量・分筆登記 | 受託者が依頼・申請 | 土地家屋調査士 |
| 買主への名義変更 | 受託者と買主 | 司法書士 |
土地家屋調査士は、土地の境界や測量、分筆などを扱う専門家です。司法書士は、売買によって不動産の名義を移す登記などを扱います。
なお、分筆をしたからといって、家族信託が終わるわけではありません。一つの土地を二つに分けた場合、原則として、それぞれの土地に信託の登記が引き継がれます。売った土地は信託財産から外れ、売らずに残した土地は、引き続き受託者が管理します。
測量の費用も考えておきましょう
測量や分筆には費用がかかります。信託財産である土地の管理や売却に必要な費用は、通常、信託財産の中から支払います。
以前の記事「信託口口座はどの銀行で作れるか」では、口座に用意しておくお金の一つの目安として、固定資産税の3年分程度をご紹介しました。将来、実家を売る可能性があるなら、固定資産税だけでなく、測量や分筆にかかる費用も見込んでおきたいところです。
土地の広さや形、隣地との境界の状況によって費用は変わるため、売却を考え始めた段階で見積もりを取っておくとよいでしょう。
4.実家を売るときの登記は、普通の売買と何が違う?
買主が決まり、売買契約を結ぶことになったら、次は登記の手続きです。売買契約書の売主欄には、受託者である長男の名前が入ります。
通常の不動産売買では、売主から買主へ所有権を移す登記をします。家族信託をした不動産では、それに加えて、信託の登記を消す手続きも必要です。買主へ名義を移す登記と、信託の登記を消す手続きを、あわせて申請します。
また、決済の前には司法書士が受託者と面談し、売る意思があることなどを確認します。受託者に売却の権限があり、契約上もお母さまの同意が必要なければ、お母さまご本人が決済に出席することは通常必要ありません。認知症になった後でも実家を売れるようにしておくことは、家族信託を利用する大きな目的の一つです。
ただし、登記費用については注意が必要です。普通の売買と違い、信託の登記を消す手続きが加わるため、その分の費用が発生します。売却の見積もりを取る際には、信託の登記に関する費用が含まれているかも確認しておきましょう。
5.実家を売ったお金は、誰のものになる?
「実家を売ったら、そのお金は長男の口座に入れていいんですか?」
これもよくいただく質問です。家族信託では、名義が長男になっていても、財産は長男個人のものになったわけではありません。長男は、お母さまのために財産を管理している立場です。そのため、実家を売ったお金も、必ず信託財産になります。実家という信託財産が、お金という信託財産に変わるだけです。
売った後も信託が続く場合
実家を売った後も信託が続く契約なら、売却代金は引き続き信託財産として管理します。
例えば、実家を売って2,000万円が残ったとします。その2,000万円は、引き続きお母さまのためのお金として管理し、施設の利用料や医療費、生活費などに使っていきます。長男個人の生活費などと混ざらないように、信託財産を管理するための口座で、分けて管理することが大切です。
売ったら信託が終わる場合
一方、実家を売ったら信託を終える、と定めている契約もあります。その場合は、契約の内容に従って信託を終了させ、残った財産を誰に渡すかなどの清算手続きを行います。
つまり、売った後に信託が続くか終わるかは、契約書によって違うのです。売却を決めてから慌てないように、事前に確認しておきましょう。
6.実家を売ったときの税金は、誰が払う?
「売主は長男だから、税金も長男が払うんですよね」
そう思われるかもしれません。しかし、家族信託では、登記上の名義人と、税金の上で財産の持ち主として扱われる人が異なることがあります。
例えば、お母さまが財産の利益を受ける「受益者」で、長男が管理する「受託者」という一般的な家族信託なら、売却による利益は、原則としてお母さまに帰属します。そのため、売却によって利益が出た場合の所得税も、基本的にはお母さまの問題になります。また、税金を計算する際、実家を取得した日や取得費は、原則として信託を始める前のものを引き継ぎます。
ここで、もう一つ気をつけたいことがあります。
3,000万円の特別控除は使える?
自宅を売ったときには、一定の条件を満たせば、売却益から最高3,000万円を差し引ける特例があります。家族信託をした実家でも、条件によっては、この特例を利用できる場合があります。
ただし、次のような場合は、特に注意が必要です。
- お母さまがすでに施設に入り、実家に住んでいない
- 実家を取り壊して、土地だけを売る
- 広い敷地のうち、一部分だけを売る
施設に入ってから何年たっているか、建物と土地をどのように売るかなどによって、適用できるかが変わります。また、家族信託の内容によっても税務上の扱いが異なることがあります。
せっかく利用できる特例を見落としたり、使えると思っていた特例が使えなかったりすると、税金が大きく変わることがあります。そのため、売却する前に、相続や不動産の税金に詳しい税理士に確認することをおすすめします。
相続税や不動産の譲渡所得税などを扱う分野は「資産税」と呼ばれます。税理士にも専門分野があるため、普段お願いしている顧問税理士が、必ずしも不動産の税金に詳しいとは限りません。
クロニクルでは、必要に応じて、資産税に詳しい税理士をご紹介しています。顧問税理士を替える必要はありません。実家の売却についてだけ、専門の税理士に相談することもできます。
7.親が元気なうちに、土地の境界について聞いておく
最後に、土地家屋調査士として、お伝えしておきたいことがあります。それは、親が元気なうちに、土地の境界について話を聞いておいてほしいということです。
「お隣との境界は、どこですか?」
そうお聞きすると、
「昔から、あのブロック塀のあたりだったと思います」
と答えられる方がいらっしゃいます。ところが、なぜそこが境界になったのか、誰と確認したのかとなると、よく分からないことがあります。
昔、隣の家の方と話し合って塀を建てたのかもしれません。土地を買ったときに、境界の目印を確認していたのかもしれません。こうした事情は、長年そこに住んでいた親しか知らないことがあります。いざ実家を売ろうとしたとき、お母さまが認知症になっていれば、その話を聞くことは難しくなります。
もちろん、親の記憶だけで境界が決まるわけではありません。実際には、資料を調べたり、隣地の所有者と確認したりする必要があります。それでも、昔の事情を知っていることが、境界を調べる手がかりになる場合があります。
難しく考える必要はありません。
「この塀は、いつ頃建てたの?」
「お隣との境界は、どうやって決めたの?」
そんな会話を、お元気なうちにしておいてください。
8.実家を売るかもしれないなら、今のうちに確認を
家族信託をしておけば、親が認知症になった後でも、受託者が実家を売却できるように備えられます。ただし、家族信託をしたという事実だけで、必ず売れるわけではありません。
契約書に売却の権限があるか。土地の境界ははっきりしているか。測量や分筆が必要か。売った後のお金をどう管理するか。税金はどうなるか。実際に売るときには、こうしたことを一つずつ確認していきます。
これから家族信託を始める方であれば、契約書を作る段階で、将来の売却についても考えておくことができます。すでに家族信託をしている方も、一度契約書を見直しておくと安心です。
クロニクルにできること
クロニクルでは、司法書士と土地家屋調査士の両方の業務を扱っています。家族信託の契約書の確認から、土地の境界調査・測量・分筆、売却に伴う登記まで、一つの事務所でご相談いただけます。税金については、必要に応じて、資産税に詳しい税理士と連携して対応します。
また、当事務所の生前対策コンサルティングでは、ご家庭の財産や今後の暮らしについて、健康診断をするように確認していきます。
「母が施設に入ったら、実家を売るかもしれない」
そうお考えなら、不動産会社を探す前でも、買主が決まる前でも、早すぎることはありません。まずは、お手元の家族信託の契約書を確認するところから始めてみませんか。そして、土地の境界について、親御さんが何かご存じではないか、一度聞いてみてください。






