実家より先に、会社が止まります——自社株の凍結と事業承継信託

司法書士・土地家屋調査士 髙岡 宏
2026年8月24日

経営者が認知症になると、自社株の議決権が動かせなくなり、役員の改選も定款の変更もできなくなります。備えの道具は種類株式と信託の二つ。役割の違いと使い分け、納税猶予との関係まで、福岡の司法書士が顧問税理士と進める段取りとして整理します。
「株のことは、まだ何もしていません」。顧問税理士に勧められて相談にみえる経営者から、よく伺う言葉です。
これまでのコラムでは、親の認知症で実家が動かせなくなる凍結の話をしてきました(実家信託という選択)。親御さんが会社を経営しているなら、同じことが会社でも起きます。実家は、売ろうとしたときに初めて止まります。会社では、役員の改選など決議の場面がめぐってきます。凍結が先に表へ出やすいのは、会社のほうです。
まだ早い、と感じられるかもしれません。しかし、備えを設計できるのは、経営者がお元気な間だけです。
会社では、何が止まるか
経営者が株式の大半を持つ会社で、ご本人の判断能力が失われると、株主総会で有効な決議が事実上できなくなります。役員の任期が来ても改選できず、後継者を役員に迎えることも、定款を変えることもできません。
といっても、翌日から会社が回らなくなるわけではありません。止まるのは、会社の背骨を動かす決議です。
成年後見という制度もありますが、こちらはご本人の財産を守る仕組みで、リスクを取る経営判断を任せるものではありません。詳しくは経営者の認知症と議決権の凍結をご覧ください。
「黄金株を入れてあるから大丈夫」というお話も伺います。しかし、それでは防げません。理由はのちほど話します。
事業承継信託の仕組み——渡すのは名義、残すのは利益と手綱
社長の椅子は専務に譲っても、株の話になると「それはまだ早い」と急に姿勢の良くなる方は多いものです。株券は金庫のどこにも見当たらないのに、会社でいちばん重い財産です。その株を、渡しきらずに備える道具が信託です。銀行にも「事業承継信託」という商品がありますが、この記事では、ご家族の間で組む民事信託(家族信託型)を扱います。
基本の形では、経営者が株を託し、後継者が預かって管理します。株主名簿の上の株主は後継者に変わり、議決権は後継者が行使します。配当などの利益は、経営者ご本人が受け取り続けます。利益を受け取る人が変わらないため、設定の時点で贈与税は生じないとされています。
実務では、お元気な間は経営者の指図に従って後継者が議決権を行使する、と契約書に定めておきます。名義は渡しても、手綱は握ったままです。この指図は法律上の制度ではなく、契約の定めによる設計です。
実家の信託と違い、株式の信託に信託登記は登場しません。私どもの実作業は、この契約書の作成です。あわせて、会社の承認や株主名簿の書換えといった会社法の手続きも要ります。金庫に株券が見当たらなくても、古い会社では登記簿の上で「株券を発行する」決まりが残っていることがあります。その場合は信託の前に、株券を発行しない会社への切り替え(定款の変更と登記)を挟みます。これも司法書士の出番です。
税理士からご紹介をいただくのは、この契約書のためです。信託契約書の作成は税理士の業務ではなく、司法書士や弁護士が担います。株の税金まで見通した先生が、契約書の手前で手を止めて、私どもに声をかけてくださる。ご相談の入り口は、たいていこの形です。
凍結対策が、凍結する——指図の定めの落とし穴
ただし、指図する権利を経営者に残すだけでは、備えは完成しません。経営者が判断できなくなれば、指図の権利も凍ります。
実務の答えは、切り替えの定めです。指図できる間は経営者の指図で動かし、判断能力が失われた後は後継者の判断で行使できるよう、書き込んでおきます。後継者を見守る仕組み(信託監督人)を置くこともできます。
亡くなった後に受益権を受け取る方を、あらかじめ指定しておく型もあります(信託法90条1項)。こうした定めはあとから足すことも変えることもできますが、それは経営者が判断できる間だけです。受益者だけは、契約書を作る日に決まりますでお話ししたとおりです。
指図の定めをご説明しても、「それでも全部は」とおっしゃる方はいらっしゃいます。手綱は残ると分かっていても、名義がすべて手を離れることには抵抗が残る。実務では、一部の株だけを信託して応えます。渡し方を整えるだけでなく、渡す量そのものを選べます。
種類株式と、何が違うのか
先ほどの「黄金株を入れてあるから大丈夫」に戻ります。黄金株は、重要な決議に先代の拒否権を残す種類株式で、頼もしい道具です。しかし、信託の代わりにはなりません。
種類株式は、議決権の配分を変える道具。信託は、議決権を動かす人を用意する道具。配分をどれだけ工夫しても、ご本人が判断できなくなれば、その議決権は動かせないのです。
| 道具 | 何をする道具か | 判断能力が失われると |
|---|---|---|
| 拒否権付株式(黄金株) | 重要な決議に先代の拒否権を残す | 拒否権ごと動かせなくなる |
| 属人的株式 | 株主ごとに議決権の重みを変える | 定めた条件が働くまで空白が残る |
| 生前贈与 | 株式そのものを先に渡す | 渡した分の手綱は戻らない |
| 事業承継信託 | 動かす人をあらかじめ用意する | 切り替えの定めがあれば後継者側で動かせる |
どちらかを選ぶ話とも限りません。信託を組みながら黄金株を残す併用もできます。
税金の話は、順番だけお伝えします
自社株の税金では、法人版事業承継税制(納税猶予)の名前がまず挙がります。しかし、信託した株式は、この納税猶予の対象とされていません。相続や贈与の対象が信託受益権に変わり、受益権への適用を認める規定がないためです。
つまり、納税猶予を使いたい株式は信託に入れられません。一部だけを信託に入れる形は先ほどお話ししたとおりですが、納税猶予とどう組み合わせるかは税理士の領域です。
特例承継計画の提出期限は、一度延長されて2027年9月30日までです。贈与・相続の実行は2027年12月31日までで、こちらは延長されていません。
税の話は、ここまでです。納税猶予を考えるなら、設計の前に税理士に確認してください。
税金とは別に、信託にした場合も受益権は遺留分の主張の対象になり得ます。
進め方——まず、顧問税理士に
まず顧問税理士に、株の認知症対策を考えたいとお伝えください。契約書の設計と作成は、クロニクルが税理士と連携して担います。
税理士に聞くべきか、司法書士に聞くべきか。決めかねて、両方に同じ質問をする方もいらっしゃいます。実は、それで合っています。
後継者が未定の方や、ご自身の代で会社を畳む方に、自社株の備えは急ぎません。遺言や実家の信託を、先にお勧めします。
クロニクルにできること
クロニクルは、信託契約書の設計・作成に加えて、種類株式や定款の整理といった会社法まわりの手当てまで、同じ窓口で担えます。
税務の相談先は、顧問税理士のままで構いません。ただ、税理士にも畑があります。法人の顧問をされている先生は法人税に強く、自社株の評価や相続の税は資産税という別の畑です。顧問の先生が資産税を扱っておられないときは、その分野に詳しい税理士をクロニクルからご紹介します。顧問を替えていただく話ではありません。この一件だけ、詳しい先生に入っていただく形です。
私たちの生前対策コンサルティングは、ご家庭の健康診断です。動き出す時期については認知症リスクと家族信託・いつ始めるべきかをご覧ください。
あなたの会社の議決権は、いざというとき「動かす人」が決まっているでしょうか。それとも、あなたにしか動かせないままでしょうか。






