受益者だけは、契約書を作る日に決まります——家族信託の受益者変更と、その前の点検

司法書士・土地家屋調査士 髙岡 宏
2026年8月10日

家族信託は、受託者は交代できますし、信託した実家を売ることもできます。ただ受益者のまわりだけは違います。その選択肢を残せるのは契約書を作るその時点だけです。福岡の司法書士が、受益者が変わる4つの経路、名義と信託目録の関係、変更登記が受託者の義務であることまで、契約書に判を押す前に見ておきたい条項として整理します。
「受益者って、あとから変えられるんですか」。家族信託のご相談で、ときどきいただく問いです。
前回の信託契約だけでは、実家は守れませんでは、信託契約書は登記まで届いて初めて機能する、とお話ししました。今回はその先の話です。
多くのご家庭では、受益者を変える必要は生じません。うちには関係ない、と感じられるかもしれません。けれど問題は、その必要があるかどうかではありません。変えたくなったときに変えられるかが、契約書ですでに決まっていること。そして、変えるつもりがなくても受益者は動くことがあるということ。この二つです。
受益者が変わる、4つの経路
受託者は財産を管理する人、受益者はその財産から利益を受ける人です。実家を信託に入れると、名義は管理する子へ移りますが、そこに住み、利益を受けるのはお母さまのまま。詳しくは実家信託という選択をご覧ください。
| 受益者が変わる経路 | 何が起きているか | 根拠 |
|---|---|---|
| ① 受益者を変える権利が行使される | 契約書で権利を持たされた人が、受託者に「◯◯に変える」と伝える | 信託法89条 |
| ② 受益権が譲り渡される | 受益者ご本人が、その立場を他の人へ譲る | 信託法93条・94条 |
| ③ 受益者が亡くなり、次の人へ移る | あらかじめ定めた順番で受益権が動く(受益者連続) | 信託法91条 |
| ④ 委託者・受託者・受益者の合意で契約内容を変える | 三者そろって「受益者をこう変えよう」と決める | 信託法149条 |
①は遺言によっても行使できるとされており、③との境目は、思ったほどはっきりしていません。だから、まとめて図にしておく必要があるのです。
なぜ「受益者を変えたい」という話が出てくるのか
ひとつは、お母さまが、これから先の利益を子や孫に渡したいとお申し出になる場合。もうひとつは、実家を売却し、現金が信託財産として残った場合です。
母の施設費のために受益者を私に、というご相談もあります。これは変える必要のない場面です。信託財産をお母さまのために使うのは受託者の仕事で、受益者を動かす話ではありません。動かせば、お母さまの利益を取り上げることになってしまいます。信託が働く場面は家族信託が向くケース・向かないケースをご覧ください。
これから作る契約書で、どの道を残しておくか
契約書に定めを置く道
受益者を変える権利は、契約書に「この人が持つ」と定めたときだけ働きます(信託法89条)。誰に持たせるかは選べます。法律は、持てる人を委託者に限っていません。
お母さまだけが動かせる設計なら、判断能力が失われた時点でこの道は閉じます。閉じないようにするには、お母さま以外の方に持たせておくこと。それは、財産を受け取る立場を動かす力を先に誰かへ渡すことでもあります。
定めがなくても変更権がある型——ただし、当てはまるかは二つの確認が要る
もうひとつ、見落とされやすい道があります。
家族信託の契約書には、「お母さまが亡くなったら、受益権は長女が受け取る」というように、亡くなった後の受け取り手をあらかじめ指定しておく型があります。遺言の代わりの役割を果たすことから、遺言代用信託と呼ばれ、家族信託の多くがこの型です。
この型に当てはまる場合、契約書に変更権の定めを置いていなくても、お母さま(委託者)は「亡くなった後の受け取り手」を変える権利を持つとされています(信託法90条1項)。契約書に書いていないから変えられない、とは限らないのです。
ただし、注意が二つあります。
一つ目。この権利で想定されているのは、亡くなった後に受け取る方——先ほどの例なら長女——の差し替えです。いま受益者であるお母さまご自身を、今日から息子さんへ付け替える話とは別物です。
二つ目。契約書に別の定めが置かれていれば、そちらが優先します。お手元の契約書がこの型に当てはまるか。別の定めはないか。この二つを確かめて、はじめてこの道が使えます。行使の手順も含め、個別の確認が要ります。
三者そろって合意する道
三者がそろって合意すれば変えられますが、ご事情によって扱いは変わり、受益者であるお母さまの同意が要ります。
三本を並べると、いずれもお母さまのご意思が要ることに気づきます。お母さまだけが動かせる設計なら、判断能力が失われた時点で三本とも閉じます。この三本のうちどれを残しておくかを決められるのは、契約書を作る、その時点だけです。
お母さまが亡くなった後に受益者がどう移るかは、受益者連続という別の仕組みです。ここでは立ち入りません。
実際のご相談は、ほとんどが認知症への備えです。つまり、ご本人がいずれ判断できなくなることを前提に組みます。受益者が判断能力を失った後では、もう動かせません。だからこそ実務では、受益者の権利を代わりに行使する受益者代理人を、契約書で定めておくのです。
では、変更権を誰に持たせるか
お子さんに持たせればよいのでしょうか。正解は一つではありません。その権限を持つ方は、財産を受け取る立場を動かせる立場に立ちます。
気をつけたいのは、手続きが煩雑だから管理している自分が受益者になれば早い、というご相談です。善意から出ますが、危ない一手です。受託者が受益権の全部を固有財産として持つ状態が1年続くと、信託は終了するとされています(信託法163条2号)。備えて組んだ仕組みが、調整のつもりの一手で消えます。
名義は動きません。動くのは、信託目録です
誤解をひとつ解いておきます。受益者が変われば家の名義も変わるのでは——変わりません。登記簿の所有者の欄は受託者のままで、動くのは信託目録の中身です。
前回、信託の設計図が公の記録になると申し上げた、あの目録です。そこには受益者のお名前とご住所が登記事項として載っています。ですから受益者が変われば、信託の変更の登記が必要になります。
これは任意ではありません。受託者が、遅滞なく申請しなければならない義務とされています(不動産登記法103条1項)。受託者が動かないときに備えて、受益者や、財産を託したお母さま(委託者)が代わって申請できる受け皿も用意されています。
費用は不動産の個数に応じた定額とされています。最新の額はご相談時に確認します。
税理士に確認しておきたい場面
信託をしても、税務上の持ち主は受益者です。受益者が変われば、税務上の持ち主も変わります。適正な対価を負担せずに新たに受益者等となった場合、従前の受益者等から贈与により取得したものとみなす。相続税法にはそういう規定(9条の2第2項)があります。あてはまるかどうか、いくらになるのかの判断は、税理士の領域です。
税の論点が立ち上がるのは、たとえば次のような場面です。
- 受益者を、対価なく別の方に変えるとき
- 受益権を、対価なく譲るとき
- (本記事の範囲を超える話ですが)受益者が亡くなり、次の受益者へ移るとき
- (同じく)信託が終了し、残った財産を受け取る方がいるとき
どれに当てはまるか、当てはまったとして実際にどう扱われるかの判断そのものが、税理士の領域です。ここでお伝えできるのは、この場面に来たら税理士に確認する、という段取りまでです。
受益者を変えたいというお申し出には、まず理由をきちんと伺います。なぜ渡したいのか。よく伺うと、目的はお子さんの暮らしの支えだった、ということがあります。提携の税理士を交えて整理した結果、受益者は動かさず、扶養の範囲内で金銭を渡すことで足りた——そんな着地もありました。
受益者に変更があると、税務署へ提出すべき調書があるとされています。要否は税理士の領域ですが、こうした手続きが控えている点はお含みおきください。
税理士に聞くのは、契約書ができてからではなく、設計を決める前です。クロニクルが窓口となって提携税理士へお繋ぎし、必要ならご相談に同席します。
契約書の「受益者まわり」——判を押す前に見ておく5点
契約書を作るときの点検項目です。すでにお持ちの方も、いま一度。
- 受益者を変えられる定めを置くか。誰が持つか
- その方が判断できなくなったときの手当ては
- 受益権の譲渡を制限するか(原則は譲れますが制限が通例)
- 受益者が亡くなった後どうなると書くか。予備の指定は
- 受益者を見守る方(受益者代理人・信託監督人)を置くか
4番目はご姉弟で認識が食い違いやすいところ。判を押す前にご家族で目を通してください。
クロニクルにできること
家族信託は、契約書から信託登記、受益者が変わったときの目録変更登記まで、同じ窓口で担えます。未登記の建物や境界があれば、土地家屋調査士としても扱えます。
私たちの生前対策コンサルティングは、ご家庭の健康診断です。受益者をどう置くかは、ご家族の事情を机に載せないと決まりません。家族信託の失敗例5選もあわせてどうぞ。
いつ動き出すかは認知症リスクと家族信託・いつ始めるべきかをご覧ください。あなたのご家庭で検討中の信託は、受益者を「変えられる」設計になるでしょうか。それとも、「変えなくて済む」設計になるでしょうか。



