信託契約だけでは、実家は守れません——信託登記の必要性と手続き

司法書士・土地家屋調査士 髙岡 宏
2026年8月3日

家族信託の契約書を結んでも、不動産の信託登記をしなければ「絵に描いた餅」になりかねません。登記をしないと第三者に対抗できず、受託者個人の債権者に差し押さえられるリスクも。福岡の司法書士・土地家屋調査士が、なぜ登記が要るのか、何をどう登記するのかを、信託目録や費用の目安まで実務目線で整理します。
家族信託の相談をお受けしていると、契約書を結んだところで一区切り、と思っておられる方が少なくありません。けれど、信託財産に実家などの不動産が含まれているなら、そこはゴールではなく折り返し地点です。契約に続けて、不動産の登記まで済ませて、家族信託は初めて機能します。
信託契約を結んでも、不動産の登記をしなければ「絵に描いた餅」になりかねません。今回は、なぜ信託登記が要るのか、何を、どう登記するのかを、専門用語を噛み砕いて整理します。
家族信託そのものがはじめてという方は、まず実家信託という選択から目を通していただくと、この先の話がつかみやすくなります。
なぜ登記が要るのか——「対抗できる」という言葉の重み
家族信託では、実家の名義を、親(委託者)から、財産を管理する子(受託者)へ移します。ここで登記をしないとどうなるか。法律の言葉でいえば、「その不動産が信託財産であること」を第三者に対抗できません(信託法14条)。
対抗できない、とは少し硬い表現ですね。かみくだくと、「この家は信託に入っている財産です」と、外の誰かに向かって胸を張って主張できない、という意味です。これが現実の場面で効いてきます。
たとえば、こんな例を考えてみます。実家を信託財産として、財産管理を担う子の名義に移したものの、信託の登記だけしないまま時間が過ぎたとします。仮にその子が事業で個人的な借金を抱え、返済が滞ったとしましょう。債権者から見れば、登記簿上その家はあくまで「その子個人の持ち物」です。信託財産だという公示がなければ、実家が差し押さえの対象にされてしまう余地が出てきます。本来は親の生活のために守るはずの家が、危険にさらされるのです。
登記は、こうした事態を防ぐための備えです。信託財産であることを世間に対して明らかにし、受託者個人の財産とはきっぱり切り分ける——その役割を、登記が果たします。
何を登記するのか——「移転」と「信託」は一体で
信託登記と一口にいいますが、中身は二つの登記が一体になっています。ひとつは、委託者から受託者への所有権移転登記です。登記の原因は、売買でも贈与でもなく「信託」と記されます。もうひとつが、信託の登記そのものです。この二つは同時に、一件の手続きとして申請します。
登記が済むと、登記簿の所有者欄には受託者、つまり財産管理を担う子の名前が載ります。ここだけを見ると名義が移っただけのようですが、あわせて「これは信託財産である」という趣旨と、次にお話しする信託目録が公示されます。名義は子でも、あくまで信託のために預かっている財産なのだ、と読み取れる形になるわけです。
この「移転」と「信託」を一体で正確に申請する作業は、司法書士のど真ん中の仕事です。私たちが日々扱っている領域だとお考えください。
信託目録——信託の設計図が、公の記録になる
信託登記のいちばんの特徴が、この信託目録です。信託の中身を要約した記録で、登記簿と一緒に公示されます。主に、次のような事項が載ります。
| 信託目録に載る主な事項 | 内容の例 |
|---|---|
| 委託者・受託者・受益者 | 財産を託す親、管理する子、利益を受ける親など |
| 信託の目的 | 「委託者の安定した生活と療養看護のため」など |
| 信託財産の管理方法 | 受託者が売却・賃貸・修繕できる、といった権限の範囲 |
| 信託の終了事由 | 委託者の死亡など、信託が終わるきっかけ |
この目録が公になることには、大きな意味があります。権限の範囲が記録に残るので、受託者となった子が目的から外れて勝手に財産を動かすことへの歯止めになります。信託した実家を売る、融資を受けるといった場面でも、目録があれば受託者の権限を客観的に示せます。
なお、どこまで詳しく目録に書き込むかは、さじ加減の要る設計判断です。詳しすぎればプライバシーが公になり、簡素すぎれば金融機関で通用しません。ここは経験がものをいう部分だと感じています。
手続きと費用の目安——数字はいずれも「要確認」で
費用の目安にも触れておきます。登記にかかる税金(登録免許税)は、実は通常の名義変更より軽く設定されています。
一般的な売買や相続による所有権移転は、固定資産税評価額の1000分の20が原則です。これに対し、信託を原因とする所有権移転登記は、土地・建物ともに1000分の4が本則とされています。さらに土地については、租税特別措置法による軽減で1000分の3となる期間が設けられてきました。信託の登記そのものは、これとは別に不動産1個ごとにかかります。
ただし、税率や軽減措置の適用期間は改正で変わります。2026年時点で適用される最新の税率・期限は必ず要確認とお考えください。ご相談の際に、その時点の正確な数字で試算いたします。
ひとつお断りを。贈与税や不動産取得税、所得税といった税金がどうかかるかは、税理士の領域です。信託は組み方しだいで税の扱いが変わる繊細な仕組みですので、私たちは提携する税理士と組み、税・相続税のシミュレーションはそちらと連携して進めます。登記の設計と税の設計は、車の両輪です。
その契約書で、本当に登記まで進めますか
ここが、専門家選びの核心です。信託契約書は、それ単体で完結する書類ではありません。実家などの不動産が入っているなら、その契約書は「登記までたどり着けて、初めて役目を果たす」設計図です。ところが、登記の現場を知らないまま作られた契約書だと、いざ登記を申請する段になって文言に不備が見つかり、そのままでは登記が通らない——ということが、まれにですが実際に起こります。
さらに見落とされがちなのが、その先です。信託を組んで何年も経ち、いよいよ信託した実家を売る、という場面。ここで受託者の権限の書き方に不備があって、契約書のままでは処分の登記ができない、と判明することがあります。信託は、結んだときではなく、動かすときにこそ真価が問われます。
契約書の文言と、組成時の信託登記と、将来その不動産を処分するときの登記——この三つは、一本の線でつながっています。その連続性を、契約書を作る最初の段階から見通せるのは、日々登記を申請している司法書士だからこそ、です。契約書と登記を切り離さず、ひと続きのものとして設計する。そこに、司法書士が契約書から関わる意味があります。
クロニクルにできること——契約書から登記まで、一気通貫で
家族信託は、契約書の作成から不動産の信託登記まで、司法書士が一貫して担える数少ない生前対策です。クロニクルでは、信託の設計・契約書の草案づくりから登記まで、間を空けずにお手伝いします。
加えて、私たちには土地家屋調査士としての顔もあります。ここが実家を信託に入れる場面で効いてきます。たとえば、信託したい実家の敷地に、昔増築した物置や離れがあって未登記建物のままになっている、というケース。この状態では信託登記がすんなり進みません。私たちなら、表題登記で建物を登記簿に載せるところから対応できます。境界が曖昧なら測量や分筆まで、同じ窓口で一体的に進められます。
信託を検討中のご家庭では、どの財産を信託に入れるかで悩まれることも多いものです。何を入れ、何を残すかは、家族信託が向くケース・向かないケースも参考にしてください。
時間の話も正直にお伝えしておきます。家族信託は、ご相談から設計、契約書づくり、登記の完了まで一定の期間を要します。ご家族での話し合いに、金融機関との信託口口座の調整、未登記建物があれば表題登記——こうした工程が重なると、数か月に及ぶことも珍しくありません。そして信託は、判断能力があるうちにしか組めません。手続きの途中で認知症が進めば、そこで計画は止まってしまいます。「まだ元気だから、そのうち」と先延ばしにするうちに間に合わなくなる——現場で、いちばん惜しいと感じる瞬間です。だからこそ、「そろそろ」と頭をよぎった今こそ、動き出すのにいちばん良いタイミングなのだと思います。
まとめ——「契約して終わり」ではなく「登記して、動き出す」
家族信託は、契約書に判を押した瞬間に完成するものではありません。信託登記まで済ませ、受託者が分別管理を始め、信託口口座を整えて——そこまで来て、ようやく設計図が動き出します。組成のあとも受託者の実務は続きますから、入口から専門家と組む価値があります。
私たちの生前対策コンサルティングは、いわばご家庭の健康診断です。信託が本当に必要か、必要ならどう組むか、登記や税まで含めてどんな論点があるか——まずはそこを一緒に整理するところから始めます。認知症リスクと家族信託・いつ始めるべきかや家族信託の失敗例5選も、あわせて目を通しておかれると安心です。
最後に、ひとつだけ問いを残します。あなたのご家庭で検討中の家族信託は、「契約する」計画になっていますか。それとも、「登記して、実際に機能させる」ところまで見据えた計画になっているでしょうか。



