相続登記は済んだのに、実家の土地が動かない——出口と、その入場条件

司法書士・土地家屋調査士 髙岡 宏
2026年8月4日

誰も住む予定のない田舎の実家。相続登記を済ませても、その土地はまだ動きません。売る・解体する・国に返す・持ち続ける——どの出口にも入場条件があり、田舎の土地はそこで止まります。未登記の建物と境界という二つの壁を、司法書士×土地家屋調査士の視点で解説し、今日ご自身でできる棚卸しの手順までお伝えします。
「売れますか」と聞かれる前に、こちらからお尋ねすることがあります。それは、どこにある土地ですか、と。
即答できる方は多くありません。市町村名までは分かる。けれど、土地がいくつに分かれているのかまでは分からない。誰も住む予定のない実家は、たいてい建物一軒ではありません。宅地、畑、裏山、古い納屋、私道の持分。束になって残っています。放っておいたのではなく、都市部の不動産と預貯金の話がついたあと、議題に上がらなかっただけです。
出口は四つ。どれにも同じ入場券が要る
出口は四つです。売る。解体して更地にする。国に返す(相続土地国庫帰属制度)。持ち続けて費用を抑える。四つ目も等しく選択肢です。
どの出口にも、入場券が二枚要ります。一枚目は名義。この土地は誰のものか、という話です。司法書士の領域で、手順は別の記事に書きました。
二枚目は輪郭。その土地はどこからどこまでで、上に何が建っているのか、という土地のかたちの話です。土地家屋調査士の領域で、相続登記では一切触れられません。名義を直しても、輪郭には何も起きないのです。
仲介の会社に断られた経験がある方もいるでしょう。理由は土地の値段ではなく、この二枚目が確かめられなかったから、ということが少なくありません。この記事は、二枚目の話です。
出口が塞がる理由① 登記簿にない家が建っている
田舎の実家では、納屋・車庫・増築部分が未登記ということが珍しくありません。固定資産税は課税されているのに、登記簿には存在しない。このねじれが潜んでいます。
ここで大事なのは順序です。建物がある土地は、国庫帰属の申請そのものができません(相続土地国庫帰属法2条3項)。国に返す出口は、解体を済ませて初めて開きます。
まるごと未登記なら、名義を移すのも二段構えです。まず表題登記で登記簿を新設し、そのうえで所有権保存登記。前者は土地家屋調査士、後者は司法書士と、同じ登記簿でも担当する資格が分かれています。
現場では、よくあることです。難しいのは、ご家族に「登記されていない建物がこの世にある」という発想がそもそもないこと。登記はきちんとされているはず、という前提のまま、しばらく話がすれ違うのです。
出口が塞がる理由② 線を引ける人が、いなくなっていく
境界が明らかでない土地は、国庫帰属の申請段階で却下されます(同法2条3項)。制度があっても、輪郭が未整理なら入口で弾かれるのです。
法務省公表の速報値(令和8年6月30日現在)では、却下83件のうち21件の理由が、境界が明らかでないことでした。不承認93件の最多理由は工作物等の存在で45件。物置やブロック塀、井戸、浄化槽も引っかかります。
境界の確定には、隣接地所有者の立会いが要ります。その隣家も、同じように高齢化しています。いまなら、隣のご主人と現地に立ち、この石から向こうですね、と確かめられる。十年後、隣地にも相続が起きていれば、相手は全国に散った複数の共有者です。
相続登記は、書類さえ揃えば何年後でもできます。しかし境界の記憶は、人と一緒に失われます。
なお、境界の線には二種類あります。国の地図のうえで引かれている線(筆界)と、お隣との権利の範囲を分ける線(所有権界)。ふだんは重なっていますが、常に同じとは限りません。争いのあるご事情は、クロニクルが窓口となって提携の弁護士へお繋ぎします。
長くお住まいだからこそ、分かることがあります。この石から向こう、という記憶は、そこに住んできた方にしか語れません。一方で、住んできたからこそ誤解が育つこともあります。ここまでうちが使ってきた、という線を、境界そのものだと信じている方は、実は少なくないのです。
出口が塞がる理由③ 共有・放棄・寄付という三つの誤解
揉めないための共有が、実は最も出口を塞ぎます。国庫帰属は共有者全員での共同申請が要件で、一人が反対すれば止まります。
相続放棄も誤解されがちです。田舎の土地だけを選んで手放すことはできません。預貯金も含めて、相続人という立場を丸ごと手放す制度だからです(民法939条。期限は原則、相続を知ってから3か月)。なお、放棄の時点で実家に住むなど実際に管理していた場合は、引き渡すまで保存義務が残り得ます(民法940条)。出入りしていなければ、この義務は負わないと考えられます。
市町村への寄付も、公共用に使う予定があるなど限られた場合を除き、原則としてお受けいただけないのが実情です。
今日、ご自身でできる一手——名寄帳と課税明細
ここまで、出口が塞がる三つの理由を見てきました。では、何から始めればよいか。最初の一歩は、専門家に頼まなくても踏み出せます。ご実家の土地の棚卸しです。
一つ目。実家のある市町村ごとに名寄帳(なよせちょう。持ち主ごとの土地・建物の一覧)を請求します。相続人なら郵送でも取得でき、手数料は数百円程度。土地がいくつあるのかという、いちばん大きな霧が晴れます。
二つ目。非課税の土地や税額が小さく課税されない土地は、名寄帳に載らないことがあります。権利証や公図(法務局にある土地のおおまかな地図)とも突き合わせます。
三つ目。固定資産税の課税明細と登記事項証明書を並べます。課税されているのに登記事項証明書が出てこない建物があれば、それが未登記建物です。
四つ目。法務局で地積測量図(境界の測量結果を記録した図面)の有無を確認します。ない土地は、出口で時間がかかる予備軍です。
登記事項証明書の地目(土地の種類)の欄もご覧ください。農地や山林があると、相続登記とは別に届出が要ることがあります。
正直に申し上げます——今は、どの出口も開かない土地があります
なんとかなります、とは書きません。境界を確認できない土地。相続人が数十人に広がった共有地。解体費が土地の価値を上回る物件。四つの出口のどれにも、今はたどり着けない土地が現実にあります。
法務省の同じ速報値では、取下げが1,063件。うち375件は、却下や不承認を見越しての取下げでした。審査まで進めば承認される割合は高い。けれど、その手前で千件超が引き返しています。
費用を押し上げるのは土地の値段ではなく、相続人の人数と戸籍の量、そして解体・測量・残置物の処分です。
買い手は、意外にも隣にいることがあります。市場に出して反応のなかった土地が、隣家に声をかけた途端に動くこともあります。ただしそこでも、どこからどこまでの話なのかを説明できなければ、話は進みません。
出口が開かない土地でも、費用を抑えながら持ち、次の世代に無理なく引き継げる形は作れます。
出口を決められるのは、渡す側にいるうちだけ
ここまでは、すでに相続が起きたご家庭の話でした。ここから先は、次にご自身が渡す側になったときの話です。いま苦労された方こそ、子に何を残すかが見えているはずです。
どの出口にも、決める人と動ける体力が要ります。相続後は権限が人数分に割れ、全員が遠方にいます。親が元気なうちなら、決める人は一人です。
打ち手は三つ。一つ目は生前に売ること。人が住んでいるうちのほうが、買い手は判断しやすい。ただし判断能力が落ちると、売却できません。
二つ目は、遺言で出口まで決めておくこと。実家を売って代金を分ける、と定めた遺言(清算型遺贈)と遺言執行者の指定があれば、相続人全員の判子を集めずに、売却から分配まで進みます。
三つ目は、判断能力の低下が心配なら家族信託や任意後見を検討することです。
線を一つ引いておきます。第三者へ売るのは出口を通ること、子へ贈与するのは出口を一つ閉じることです。国庫帰属は相続または遺贈で取得した土地が対象だからです。
遺言を書く前に、何を持っているかを確定させます。棚卸しは、生前にこそ意味があります。
税では、空き家を売ったときの特別控除に期限があります(相続開始から3年を経過する日の属する年の年末まで)。適用の可否は税理士の領域。クロニクルが窓口となって提携の税理士へお繋ぎします。
何から手をつければよいか分からない方は、クロニクルの生前対策コンサルティングへ。ご家庭の健康診断として、論点を整理します。境界を確定できる土地か。未登記の建物はないか。出口を持てる土地か。
まとめ
相続登記が終わっても、その土地に輪郭が与えられたわけではありません。名義は何年後でも直せます。輪郭は、確かめられる人がいるうちにしか決められません。
読み終えたら、まず実家のある市町村に名寄帳を請求してください。それが一手目です。
ご実家の土地の境界を、いま現地で指し示せる人は、ご家族と隣家に何人残っていますか。



