換価分割の登記、名義は誰にする?——一人か全員か、売り出す前に決める3つのこと

司法書士・土地家屋調査士 髙岡 宏
2026年9月7日

実家を売って代金を分ける換価分割では、売却の前に相続登記が必要です。名義を代表者一人にするか相続人全員にするか——手続きの手間と代金の流れが変わる、家族ごとの選択です。遺産分割協議書に書いておくこと、費用と手取りの考え方まで、福岡の司法書士・土地家屋調査士が売り出す前の設計として整理します。
「実家を売って、代金をきょうだいで分けようと思います。登記の名義は、誰にすればいいですか」。ご相談で、よくいただく問いです。
不動産を売って現金に換え、その代金を相続人で分ける。この分け方を、換価分割といいます。公平に分けやすい方法として、よく紹介されます。
ただ、どなたかが実家に住み続けたいご家庭なら、話は別です。家を受け取る人が他の相続人にお金を払って調整する、代償分割という分け方があります。この記事は「売って分ける」と決めた方に向けて、売り出す前に決めておくことを整理します。
換価分割でも、相続登記は省けません
亡くなった方の名義のままでは、不動産は売れません。買主へ名義を移す登記の前提として、まず相続登記が必要だからです。どうせ売るのだから省けるのでは——省けません。売る場合でも、出発点は相続登記です。
相続登記は、法律上の義務にもなりました。不動産を相続したと知った日から3年以内の申請が義務になり、正当な理由なく怠ると過料の対象になるとされています。義務化より前に始まった相続も対象です。
では、誰の名義で登記するのか。遺産分割協議で定めれば、相続人全員の共有でも、代表者一人の名義でも登記できます。つまり、名義は選べます。
名義は代表者一人にするか、相続人全員にするか
ご相談の席で「名義は選べますよ」とお伝えすると、たいてい驚かれます。3等分するのだから名義も3人でしょう、と皆さん同じ顔で頷いておられるからです。どちらを選ぶかで、手続きの流れはかなり変わります。
| 観点 | 代表者一人の名義 | 相続人全員の名義 |
|---|---|---|
| 売主になる人 | 代表者だけ | 相続人全員 |
| 書類と押印 | 署名・実印・印鑑証明書が一人分 | 人数分そろえる |
| 代金の流れ | いったん代表者の口座に入り、各自へ分配 | 最初から各自に渡る |
一人名義にすると、手間が一人分で済みます。売主は代表者だけなので、売買契約と決済の場に出るのもその方だけです。署名と実印、印鑑証明書の用意も代表者の分で足り、全員の日程を合わせる必要がありません。
ただし、増える手間もあります。代金はいったん代表者の口座に入り、代表者が各自へ振り込みます。振込の手順や手数料の扱いも、決めごとになります。
全員名義なら、代金は最初から各自に渡り、一人に集まる形を避けられます。引き換えに、契約も決済も相続人全員が売主です。署名・実印・印鑑証明書の用意と日程調整が、人数分かかります。出られない方がいても郵送などで進められますが、手続きは厳格になります。
全員名義を選びにくいご家庭もあります。相続人の数が多いと、それだけ足並みをそろえにくくなります。海外にお住まいの方がいれば、国内の印鑑証明書が取れません。領事館での証明などで代えられますが、手間と時間が大きく増えます。ご高齢で、遠くまでの外出が難しい方もおられます。こうしたご事情があるなら、一人名義に分があります。
では、どちらを勧めるか。クロニクルでは、基本的に代表者一人の名義をお勧めしています。売主が一人なら、契約も決済も、その方の日程だけで組めます。書類も一人分です。手続きが軽いぶん、売却が止まりにくいからです。
全員名義を選べないわけではありません。契約と決済に全員で出られるご家族なら、十分に成り立ちます。それでも、まず一人名義で進められないかを一緒に考えます。代金がいったん一人に集まる不安には、次の節でお答えします。
代表者の単独名義に代金が入る——贈与税はどうなる
売却代金が、代表者の口座にまとめて入る。きょうだいへの振り込みは、贈与にならないのか。一人名義を考えるとき、皆さんが立ち止まる点です。
国税庁は、この場面についての質疑応答事例を公表しています。照会された事案は、調停で換価分割を決めたものです。一人名義の相続登記が、単に換価のための便宜であること。代金が、分割に関する調停の内容に従って実際に分配されること。この二つを満たす場合には、贈与税の課税が問題になることはない——とされています。
照会の事案は調停ですが、調停ではなく遺産分割協議で決めた場合も、同じ考え方で扱われるのが実務です。
裏を返せば、換価の趣旨や分け方が協議書になく、分けた金額も決めたとおりでないなら、この二つを満たすとは言いにくくなります。協議書に何を書くかは、次の節でお話しします。
ご自身の場合に当てはまるかどうかの判断は、税理士の領域です。相続にまつわる税は、資産税と呼ばれる分野で、会社の顧問税理士の多くが本業とする法人税とは畑が違います。顧問の先生を替える話ではありません。この一件だけ、資産税に詳しい税理士に入ってもらう形です。クロニクルが窓口となって、提携の税理士をご紹介できます。
遺産分割協議書の書き方——換価分割で書いておく3点
協議書には、三つのことを書いておきます。代表者一人の名義にするなら、その取得は換価のための便宜だと明記します。売却の費用を差し引いた残りを分けると定め、あわせて分ける割合も書きます。
条項の文例は、ここには載せません。ご家族の構成と売り方で、書くべき文言が変わるからです。当事務所では、案件ごとに協議書の案を作っています。
あわせて、付随の決めごとも固めておきます。売れるまでの固定資産税や管理費は、誰が負担するか。納税通知書は、翌年からは登記の名義人のもとに届きます。負担する人と名義人が違うなら、なおさら決めておくところです。
費用の負担と手取り——代金÷人数ではありません
売買代金が、そのまま手取りになるわけではありません。引かれるものを並べてみます。
- 不動産会社の仲介手数料
- 相続登記の費用(登録免許税と司法書士の報酬)
- 戸籍など書類の収集実費(当事務所が代行で取り寄せます)
- 土地によっては、境界確定測量の費用
- 譲渡による税金——かかる方もいます
売買代金÷人数=手取り、ではないのです。
境界がはっきりしない土地は、売り出す前に境界確定測量が必要になることがあります。お隣の方の立会いが要るため、数か月かかることもあります。真夏の藪にしゃがみ込んで境界標を探すのは、土地家屋調査士の季節仕事です。クロニクルは司法書士と土地家屋調査士の両方の資格で、相続登記と測量の段取りを一枚の工程表に組み、並行で走らせます。
売り出す前に決めておく4点
- 登記の名義を、代表者一人にするか全員にするか
- 協議書に、換価の趣旨と分け方まで書いたか
- 売れるまでの固定資産税・管理費は、誰が持つか
- 境界の測量が要る土地か、確かめたか
どれも、紙に書いて全員で見ておくと、あとで食い違いません。
クロニクルにできること
クロニクルは、相続登記から売却にともなう名義の手続きまで、同じ窓口で担えます。測量が要る土地なら、土地家屋調査士としてもお手伝いできます。実際にご実家を売って現金を分けたご家族の流れは、事例の記事実家を売って、きょうだいで現金を分けるに書きました。あちらは物語、この記事は制度と決め方の整理です。
最後に、少し先の話をさせてください。今回のように悩む名義や分け方は、親の立場からなら、先に決めておけます。実家を売って代金を分ける、という内容の遺言も作れます。換価分割のご相談を受けるたびに、正直に思うことがあります。遺言が一枚あれば、と。名義も、分け方も、親御さんが先に決めておけたことだからです。ごきょうだいが顔を合わせて悩む時間は、その一枚で要らなくなります。
親御さんがお元気なうちに考えたいのは、亡くなった後のことだけではありません。施設の費用などで、存命中に売る必要が先に来ることがあります。認知症が進んで意思の確認ができなくなれば、売却そのものが止まります。そこで効くのは、家族信託です。
あなたのご実家は、売って分けることになりそうでしょうか。それとも、どなたかが住み継ぐでしょうか。決めかねているなら、一度お聞かせください。生前対策のご相談は、ご家庭の健康診断から始めます。






