実家を売って、きょうだいで現金を分ける——「売ってから分ける」ではありません

司法書士・土地家屋調査士 髙岡 宏
2026年8月18日

実家を売って、きょうだいで現金を分ける——換価分割です。売ってから分けるのではありません。売る前に、分け方を決め切る手続きです。誰の名義で売るのか。協議書のその一行が、決済の日の風景まで決めます。
「売って3等分でいいよね」——通夜の晩、話は一晩で決まりました。
当事務所によくいただく内容を、一つのモデルケースに再構成してご紹介します。
福岡市に隣接する市の実家。お母様は今年の春に亡くなりました。相続人はきょうだい3人。長男は福岡市内、長女は関西、次男は関東。三人とも持ち家があり、実家に戻る予定はありません。財産は、実家だけでした。
誰も揉めていません。それでも、三人の口座に現金が入るまでには、季節が三つ変わりました。
売る前に、名義を移します
長男が最初に向かったのは、地元の不動産会社でした。売る気は、満々です。返ってきたのは、「まずお母様の名義を変えてきてください」という一言でした。
売りに来たのに、宿題を持たされて帰る。ここでつまずく方は、とても多いです。
亡くなった方の名義のままでは、家は売れません。いったん、相続人の名義を通します。
クロニクルでは、売買契約は相続登記が済んでから進めます。契約で決めた引渡しの日は、戸籍集めの都合を待ってくれないからです。売り出しから決済まで、全体で半年から1年ほど。長さを決めるのは、買い手を待つ時間ではありません。名義と書類を整える時間です。
名義を誰にするか——協議書の一行が、最後まで効いてきます
「3等分なら、名義も三人で」。三人とも、同じ顔で頷いていました。ここで立ち止まる方は、あまりいません。
協議書の打ち合わせの席で、司法書士からお伝えしました。売るための登記なら、代表者一人の名義にまとめることもできます——。
名義の入れ方は、二つあります。
代表者一人の名義にすれば、書類も押印も一人分。遠方の二人は、福岡まで出向かずに済みます。
三人の名義にすれば、売主は三人。契約にも決済にも、三人が売主として関わります。全員が手続きの中にいる。その形が、そのまま安心になります。
一人の名義には、税務の面で確かめておきたい点があります。専門家でも見方の分かれるところです。名義を決める前に税理士へ——クロニクルが窓口となって、提携の税理士へお繋ぎします。
三人はどうしたか。長女も次男も、福岡は遠い。それで、長男一人の名義を選びました。無理なく集まれるご家庭なら、三人の名義を選ぶこともできます。
どちらを選んでも、協議書には換価分割であること、分け方、費用の負担まで書き込みます。分けるのは、仲介手数料や登記費用、測量費を引いた残りです。売買代金を3で割った数字とは、手取りが違ってきます。
戸籍を集め、協議書を整え、長男名義の相続登記が済むまでに2か月。ようやく、売り出せる形になりました。
売り出す前に、紙をもう一枚
お金の分け方は、協議書で決まりました。それでも、協議書に載らない取り決めが残ります。三人は媒介契約を結ぶ前の夜、二つだけ紙に書き出しました。
- いつまでに売れなかったら、どうするか
- 仏壇と遺品は、誰がいつ片づけるか。家は現況のまま渡すか
とくに効くのは、期限の取り決めです。換価分割は、売れて初めて完成します。売れないあいだに残るのは、固定資産税と、草の伸びる庭だけです。
「やっぱり売りたくない」。そう言ってやり直せるのは、売買契約を結ぶまでです。契約の後は、手付解除や違約金の話になります。気持ちを確かめ合うなら、売り出す前です。
決済の日——席に着いたのは、長男ひとり
冬、決済の日。席に着いたのは、長男ひとりでした。名義を長男にした以上、法律上の売主も長男だからです。長女と次男は、来なくても手続きが進みます。名義を一人にまとめたのは、そのためでした。
もし三人の名義で登記していれば、この席には三人が並びます。遠方で席に着けない売主がいれば、手続きはいっそう厳格になります。書類は本人しか受け取れない「本人限定受取郵便」で届け、電話でご本人であることを確かめる。名義をどちらにするか。その選択が、決済の日の風景まで決めるのです。
代金は、いったん長男の口座に入ります。そこから費用を精算し、決めたとおりに分けました。
決済の直前に、書類で揉めることはまずありません。事前に確認してあるからです。印鑑証明書の期限も、住所の履歴も、決済の日から逆算して先に片づけておきます。
その日、決済は30分足らずで終わりました。相続で名義を移した家には、金融機関の抵当権が残っていません。抹消の手続きがない分、席はさらに短くなります。何も起きない日をつくるために、こちらは何週間も準備しています。地味な仕事です。それでいい、と思っています。
もし、遺言があったなら
もしお母様が、実家を売って代金を分けると遺言に書き、遺言執行者を決めていたら。遺産分割協議も、名義で悩む時間も要りませんでした。きょうだいは、判子を押す人ではなく、代金を受け取る人になります。
何から手をつければよいか分からない方は、クロニクルの生前対策コンサルティングへ。ご家庭の健康診断として、論点の整理からお手伝いします。
まとめ
「売って3等分」で決まるのは、方針だけです。誰の名義で売るのか。何を引いた後を分けるのか。いつまでに売れなければ、どうするのか。決めるのは、売り出す前です。
実家を現金に換える日の段取りを、お子さんに一から考えさせますか。それとも、いま書いておきますか。






