会ったことのない伯父の相続人に——疎遠な甥姪と遺産分割が調うまで

司法書士・土地家屋調査士 髙岡 宏
2026年9月1日

会ったことのない伯父・叔母の相続人に、ある日突然なることがあります。子がなく、ご両親など直系尊属も他界している方の相続では兄弟姉妹が、先に亡くなっていればその子(甥姪)が相続人。疎遠な相続人との遺産分割の進め方と、兄弟姉妹・甥姪に遺留分がない仕組みを福岡の司法書士が解説します。
「相続人は、妹の私だけだと思っていたんです」。
当事務所には、そんなご相談が少なくありません。ここでは、よくいただく内容を一つのモデルケースに再構成してご紹介します。
福岡市内の二郎さん(70代・仮名)が亡くなりました。奥様に先立たれ、お子さんはいません。ご両親も、すでに他界しています。遺産は自宅の戸建と預貯金です。ご相談者は、妹の明子さん(60代・福岡市内・仮名)で、兄の入院中から身の回りの世話をしてきました。
きょうだいはもう一人いました。長男の一郎さん(仮名)です。二郎さんより数年先に、病気で亡くなっています。一郎さんには離婚歴があって、再婚されています。前のご結婚のときの息子さん(30代・関東)と、再婚後の娘さん(20代・九州内の他県)がいます。
明子さんの見立てでは、相続人は自分ひとり。手続きも、書類を二、三枚とハンコ一つで終わる——そのくらいの見積もりでした。ところが、戸籍を開くと、相続人の見立ても手間の見積もりも、両方が変わります。
なぜ会ったことのない甥姪が相続人になるのか——分かれ目は死亡の順番
子がなく、ご両親も他界している方の相続では、兄弟姉妹が相続人になります。二郎さんの場合、存命のきょうだいは明子さんだけ。ただ、先に亡くなった一郎さんの取り分は消えません。一郎さんが受け取るはずだった分は、お子さんが代わりに引き継ぎます。代襲相続と呼ばれる仕組みです。
取り分は、明子さんが2分の1です。一郎さんが受け取るはずだった残りの半分を、息子さんと娘さんのお二人で分け合う形です。明子さんにとっては、幼い頃に一度会ったきりの甥と、法事で数回顔を合わせた姪です。
「兄は離婚しています。前の結婚のときの子も入るのですか」。明子さんの最初の疑問でした。離婚で切れるのは夫婦の関係だけで、親子の関係は切れません。前のご結婚のお子さんも再婚後のお子さんも、等しく甥姪として相続人になります。
「では、兄の再婚相手(義姉)も出てくるのでは」。こちらは出てきません。配偶者は代襲しないため、義姉さんは相続人になりません。
分かれ目は、亡くなった順番です。もし一郎さんが二郎さんより後に亡くなっていたら、一郎さんの相続人として、義姉さんも協議の席に着いていました。順番ひとつで顔ぶれが変わる——現場でいちばん誤解の多いところです。
兄弟姉妹の相続は、戸籍の束が倍になる
相続人の確定は、戸籍集めから始まります。まず、二郎さんの出生から死亡までを取ります。兄弟姉妹の相続では、これで終わりません。ご両親それぞれの、出生から死亡までの戸籍も取ります。ほかに兄弟姉妹がいないか、親の前のご結婚のお子さんまで確かめるためです。さらに、一郎さんの出生から死亡までの戸籍と、甥姪お二人の現在の戸籍が加わります。集め終えた束は、十通を超えていました。
机に積んだ束を前に、私が「今回は薄いほうです」と言うと、明子さんは驚いていました。司法書士には、これがふだんの量です。
2024年に始まった広域交付で、直系の戸籍は最寄りの窓口でまとめて取れるようになりました。ただ、妹の立場では、亡くなった兄の戸籍も甥姪の戸籍も取れません。当事務所が代行で、本籍地ごとに取り寄せました。広域交付で取れる戸籍と取れない戸籍は、別の記事に書きました。
ちょうどいま、お手伝いしている別の相続でも、戸籍を集めています。数えたら、20通になりました。二郎さんのケースの「十通超え」は、決して大げさな設定ではありません。兄弟姉妹の相続では、ご両親それぞれの出生までさかのぼる分、束はどうしても厚くなります。一度の請求では終わらず、集め切るまで、取り寄せを何度も重ねます。
最初の手紙では、判を求めない——疎遠な相続人との遺産分割の進め方
戸籍の附票をたどり、二週間ほどでお二人の住所が分かりました。疎遠な相続人への連絡の取り方そのものは、前妻のお子さんの相続の記事に詳しく書きました。
再婚した父が亡くなり、前妻の子と連絡が取れない——止まった名義変更の進め方
最初のお手紙は、明子さんのお名前で出しました。文面は当事務所がお手伝いし、二郎さんが亡くなった事実と相続関係、財産の内訳、そして相続人としてのご意向のお伺いまでを書きました。お願いごとは書いていません。当事務所は、相続人全員が同じ資料を見て、それぞれご自分で判断できる状態を整えるところまでを引き受けます。分け方を決めるのは、相続人の皆さんです。
受け取る側に立てば、突然の手紙です。思い出のない伯父の相続に、戸惑うのは当然です。疎遠は誰のせいでもありません。親の離婚は、子の責任ではないからです。実印を押す前に、内訳を確かめる権利があります。関わりたくない場合には、相続放棄という手続きもあります。家庭裁判所での手続きで、期限は原則、相続を知ってから3か月以内です。迷うなら、押印の前に専門家へご相談ください。
分け方は、相続人のお三方が決めました。自宅は明子さんが相続し、預貯金でお二人の取り分を調整する内容で、協議が調いました。協議書は、同じ内容の書面を人数分作り、関東と九州へそれぞれ郵送しました。お二人が実印を押し、印鑑証明書を添えて返送くださいました。やりとりは、静かなものでした。あとは相続登記と預貯金の手続きを残すだけになりました。
もし取り分への異議やご条件が出れば、その瞬間からは交渉となり、弁護士の領域です。そのときはクロニクルが窓口となって、提携の弁護士へお繋ぎします。話し合いがまとまらない場合には、家庭裁判所の遺産分割調停という正規の道もあります。
実際にお手紙を送ってみると、身構えるような反応は多くありません。ただ、細かくご質問をくださる方はいらっしゃいます。相続分はどう決まるのか、この書類は何のためのものか。制度や一般論としてお答えできることは、きちんとお答えします。一方で、分け方をどう思うかには、お答えしません。当事務所は、どなたの側にも立ちません。この中立を貫くことが、疎遠な間柄の手続きでは、いちばんの安心材料になると感じています。
放っておくと、この宿題は次の世代へ渡る
協議を先送りしている間に相続人のどなたかが亡くなると、今度はその方の相続人が席に着きます。明子さんが動かないまま亡くなれば、この宿題は明子さんのお子さんへ渡ります。会ったこともない従兄弟同士が、親の代わりに遺産分割の書類をやり取りすることになります。協議の席に着く人数は、今がいちばん少ないのです。数次相続の重さは、こちらの実例に書きました。
兄弟姉妹・甥姪に遺留分はない——この協議、遺言があれば開かれなかった
遺産分割協議とは、遺言がないから開く会議です。二郎さんが遺言を書いていれば、会ったことのない甥姪に判を求める手続きは、初めから存在しませんでした。
しかも、兄弟姉妹と、代襲した甥姪には、遺留分がありません。子が相続人の場合は、遺言を書いても最低限の取り分を請求する権利が残ります。兄弟姉妹相続では残りません。二郎さんのように相続人が兄弟姉妹・甥姪だけなら、遺言に書いた内容が、そのまま実現します。
書くなら、公正証書遺言が向いています。家庭裁判所の検認が不要で、原本は公証役場に保管され、方式不備のリスクも抑えられます。あわせて遺言執行者を指定しておくと、預貯金の手続きが進めやすくなります。
子のいないご夫婦も同じです。お一人が亡くなり、ご両親も他界していれば、相続人は配偶者ときょうだいです。配偶者へ遺す遺言に、きょうだいの側から遺留分の主張はできません。二郎さんのようなおひとりさまと並んで、遺言が最も力を発揮する型です。
まとめ——相続人の予想図は、戸籍を開く前に描いておける
振り返ると、打ち手は二郎さんだけが持っていました。相続人の側に、この協議をなくす手はありません。遺言は、遺すご本人にしか書けないからです。
この記事をお読みのあなたは、親の相続をこれから迎える子の立場かもしれません。親御さんのきょうだいに離婚・再婚・先立ちがあるなら、次に協議の席へ着くのは親御さん、そしていずれ、あなたです。
最初の一歩として、財産の目録と並べて「相続人の予想図」を描いてみてください。きょうだいの家族構成まで含めて書き込みます。
予想図に自信が持てない方は、クロニクルの生前対策コンサルティングへ。ご家庭の健康診断として論点の整理からお手伝いし、税務や紛争性のあるご事情は、クロニクルが窓口となって提携の税理士・弁護士へお繋ぎします。
ご相談の場で、始めどきを聞かれたら、私はいつもこう答えます。元気なうちが、いちばん打ち手が多いです。
あなたの家の相続人を、戸籍を開かずに全員言えますか。数えて手が止まったら、一度お聞かせください。






