再婚した父が亡くなり、前妻の子と連絡が取れない——止まった名義変更の進め方

司法書士・土地家屋調査士 髙岡 宏
2026年8月11日

父の死後、戸籍を遡ると前妻との間の子の記載が出てくることがあります。面識も連絡先もない相続人を飛ばして、自宅の名義変更は進められません。ひとつのモデルケースを追いながら、「連絡が取れない」の中身の分け方、住所の調べ方、最初の一通の書き方、3年の登記期限への対応までを、福岡の司法書士が解説します。
「父は再婚で、前の結婚のときの子どもがいるはずなのです」。相続人をお尋ねすると、少し間をおいてそう続くご相談があります。
当事務所には、そんなご相談が少なくありません。ここでは、よくいただく内容を一つのモデルケースに再構成してご紹介します。
福岡市内の実家で、80代のお父様と70代の後妻が暮らしていました。そのお父様が亡くなります。ご相談者は、お父様と後妻との間のお子さん(40代・九州内の他県)。遺産は、実家の土地建物と預貯金です。
預金の手続きのために戸籍を集め始めたところ、古い戸籍にお父様の前婚の記載が現れました。前妻との間に、お子さんが一人。50代、県外。面識はなく、住所も連絡先も分かりません。
隠されていたわけではありません。離婚した配偶者や除籍された子は、その後の戸籍に移記されないからです。存在は分かっても、会ったことがない。ご自宅の名義変更は、そこで止まりました。
前妻の子は、後妻の子とまったく同じ相続人です
離婚しても、親子であることは変わりません。前妻との間のお子さんは第1順位の相続人で、法定相続分は後妻側のお子さんと同じです(民法900条)。このご家庭なら、後妻が2分の1、お子さん二人が各4分の1です。
遺産分割協議は、相続人全員が加わって初めて成立します。一人でも欠けた協議書では、相続登記も預金の手続きも通りません。何十年会っていない、というご事情は、法定相続分には反映されません。
「連絡が取れない」には四つの中身があります
一つ目は、住所も連絡先も知らない状態。これが最も多く、大半は調べる方法を知らないだけです。二つ目は、住所は分かったのに返事がない状態。拒否とは限らず、書き方や再送で動くことも多く、動かなければ家庭裁判所の調停という出口があります。
三つ目は、連絡はついても協議を拒まれている状態。交渉の領域で、司法書士にできることには限りがあります。四つ目は、附票でもたどれない所在不明の状態。不在者財産管理人(民法25条)という受け皿はありますが、時間も費用もかかります。
このご家庭は一つ目から始まり、この後で二つ目へ移ります。海外赴任などで連絡が取りにくい場合は、別の記事に書きました。
住所は、戸籍の附票でたどれます
戸籍には附票という記録が付いていて、転居を重ねても住民票上の現住所までたどれます。司法書士は、相続登記のご依頼を受けた事件の遂行に必要な範囲で、職務上請求により取り寄せられます(附票は住民基本台帳法20条4項、戸籍は戸籍法10条の2第3項)。住所だけ調べてほしいというご依頼には、お応えできません。
2024年3月に始まった広域交付で、直系の戸籍は最寄りの窓口でまとめて取れるようになりました。ただし異母きょうだいの現在の戸籍や附票は対象外です。ここから先が、私たちの出番です。
このご家庭でご相談者が集められたのは、お父様の出生からの戸籍まで。前妻のお子さんの現在戸籍と附票は、こちらで取り寄せました。届いた附票には、転居が三度分。最新の住所は県外の市です。ご依頼から二週間ほどで、居場所は分かりました。
勝負は、最初の一通で決まります
最初の一通に書くのは、二つだけです。亡くなった事実と相続関係のお知らせ。そして、どうなさりたいかのお伺い。お願いごとは、入れません。もめる種は、疎遠さではなく進め方に蒔かれます。
一通目は、ご相談者のお名前で出しました。お父様が亡くなったこと、相続人が誰と誰であること、遺産に実家と預貯金があること。同封したのは相続関係説明図だけで、協議書も印鑑証明書のお願いも入れていません。
返事は、来ませんでした。一つ目の状態から、二つ目へ移ったわけです。
一か月ほど置いて、二通目。内容はほぼ同じで、不動産の登記事項証明書と、電話でも構わない旨を添えただけ。二週間後、短い手紙が届きます。書類を送ってくれれば署名します、と。それだけでした。
疎遠な相続人ほど淡々と返送してくださることも、珍しくありません。
ただ、いつもそうとは限りません。何十年も会っていないということは、相手の暮らしぶりが見えないということでもあります。こちらが手続きの話だと思っていても、相手にとっては生活に直結する話かもしれない。法定相続分どおりで、と一筆入れれば済むと構えていると、そこで止まります。だから最初の一通は、お願いではなく、お伺いにするのです。
3年の期限が来ても、協議を飛ばさずに済む方法があります
手紙のやりとりの間も、期限は進みます。2024年4月から相続登記は義務になりました。相続が始まったことと、自分がその不動産を取得したことの両方を知った日から3年以内に申請しないと、正当な理由がなければ10万円以下の過料の対象です。使えるのが相続人申告登記で、単独で申し出れば、その人の義務は果たした扱いになります。
ただし、これは時間を買う手段であって、解決ではありません。遺産分割は一歩も進んでおらず、まとまったら、そこから3年以内に改めて登記が要ります。
先のご家庭は3年に余裕があり、申告登記は使いませんでした。それでも協議書の郵送と返送、預貯金の手続きまで含めると、亡くなってから登記完了まで八か月ほど。誰も争っていないのに、これだけかかります。
放置の本当のリスクは、過料よりも数次相続です。前妻の子の側に相続が起きれば、話す相手はその配偶者やお子さんへ増えます。相手の数は、今がいちばん少ないのです。
司法書士にできること、できないこと
できるのは、戸籍・附票の調査と相続関係の確定、連絡文書の作成のお手伝いまで。協議が成立すれば、遺産分割協議書の作成と相続登記。所在不明なら、家庭裁判所へ出す書類の作成支援。遺産の中心が実家の不動産なら、司法書士×土地家屋調査士の一体対応で、協議の前提資料も自前で固められます。確かな資料は、疑心暗鬼をほどきます。
できないのは、取り分の交渉を代わりに行うことです。弁護士法72条により、お受けできない業務です。対立が深まったご事情は、クロニクルが窓口となって提携の弁護士へお繋ぎします。調停は敗北ではなく、家庭裁判所が間に立つ正規の道。応答のない相手には審判まで進めます。
もし、あなたが手紙を受け取った側なら
先のご家庭で数行の返事をくださった方も、封筒をしばらく置いたままだったのかもしれません。突然届いた手紙に戸惑うのは、自然なことです。
ただ、無視し続けると、ご自身の選択肢を狭めます。実印を押す前に、相続関係や遺産の内訳を確認する権利があります。関わりたくない場合も、相続放棄には家庭裁判所の手続きと期限(原則、知ってから3か月)があります。迷うなら、押印の前に専門家へ。
この連絡を、いちばん自然にできた人がいます
時計を少し戻します。この連絡を誰よりも無理なくできたのは、亡くなったお父様自身でした。
遺言があれば、遺産分割協議そのものが不要でした。後妻側は見知らぬ相手に実印を求めずに済み、前妻のお子さんも突然の一通に戸惑わずに済んだ。あの八か月は、要りませんでした。遺言は、残される全員への配慮だと考えています。
ただし、書けば済むとは言えません。前妻のお子さんには遺留分(原則、法定相続分の2分の1に相当する金銭の請求権)が残ります。配分と資金の準備、付言事項まで含めた設計が、ワンセットです。
再婚は、もう特別なことではありません。令和6年の婚姻のうち、再婚は夫17.9%・妻15.6%です(厚生労働省・人口動態統計)。再婚されたご家庭は、遺言の優先度がいちばん高い層だと現場からは見えています。何から手をつければよいか分からない方は、クロニクルの生前対策コンサルティングへ。ご家庭の健康診断として、論点を整理します。
戸籍の向こうにいる相続人は、壁ではありません。同じ立場の、一人の相続人です。
次にこの手紙を書くのは、あなたのお子さんかもしれません。その一通を書かずに済むようにできる人は、いま、どなたでしょうか。






